あれから6年……吉本君の今
背番号を貰ったからには、もちろん試合前の整列に並ばなければなりません。ただ、走ることができない吉本君はベンチ前から駆け出していくことができませんでした。そのとき、数々の野球の試合をみてきましたが初めての光景が目に飛び込んできました。ベンチ前でチームメイトが吉本君を“おんぶ”して、整列に駆け出して行ったのです。相手チームと相対すると、吉本君は仲間の背中から降り、一礼してゆっくりと自分の足でベンチに帰っていきました。一緒に走れなくても全員で闘うという証です。背番号18をつけながら、ベンチでの仕事はスコアを書くこと。山口大会の決勝戦ではペンを持つ手が震えるほど緊張したと振り返ります。
最後はレフトフライに打ち取ると、ガンショーナインはマウンドに集まるのではなく1塁ベンチに駆け寄りました。吉本君を迎えに行ったのです。甲子園でもそれは変わりませんでした。初戦で高橋光成選手(現:西武)を擁しこの大会を制した前橋育英(群馬)に0対1で惜敗すると、大観衆のアルプスに走っていく選手は一人もいません。ゆっくり、ゆっくりと吉本君の歩調に合わせます。涙が止まらなかった背番号18の背中は高橋君が支えてくれました。「本当はみんな全力でアルプスに向かっていきたいのに、自分のために歩いてくれて……支えてもらってばかりの3年間でしたが、今度は自分が人の役に立てる大人になりたいです」。甲子園は他人の為に行動するという本質を吉本君に教えてくれたようです。
6年経った今、吉本君は理学療法士として元気に働いています。ガンショーで“誰かの為に頑張る強さ”を学んだという吉本君。「体の痛み、心の痛みいろいろな痛みを感じている人に寄り添って、その人達に勇気・希望を与えたいんです」。患者が求めているリハビリを追求するため熱心に勉強する日々を送っています。中内監督は「一人暮らしをしながら患者さんのために働いていることは、入学時から考えると夢のようです」と野球が与えてくれた力のすごさを感じているといいます。岩国商業で過ごした3年間はもちろんのこと、仲間とすごした甲子園での時間が吉本君の人生を変えました。
「甲子園は薬よりも自分を元気にしてくれました!」
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