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文春野球コラム

2018年夏、あのとき秋田の僕たちに起こったこと

文春野球甲子園 2019

2019/08/07
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※「文春野球甲子園2019」開催中。文春野球のレギュラー執筆者、プロの野球ライター、公募で選ばれた書き手が、高校野球にまつわるコラムで争います。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】森杉駿太郎(もりすぎ・しゅんたろう) 秋田県代表 学生時代に各地でプロ野球を現地観戦した思い出を酒の肴に、Uターン就職した秋田県で日々を送るごく普通?のサラリーマンです。昨年、久々に会った県内外の友人たちとの話題の中心はもっぱら「金農フィーバー」でした!

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予想外の「おめでとう」問題

「今日中に垂れ幕を発注すれば、明日の決勝が終わって、明後日の午前にはウチの屋上から掛けられるんだけど、問題は文面だよなぁ。相手も相手だし、もう今から『秋田県立金足農業高等学校 全国高校野球選手権大会“準優勝”おめでとう』で発注するのが無難か……」

「そんなこと言っちゃだめですよ! 『“優勝”おめでとう』で発注して、もし負けたらそのときに次の手を考えましょう!」

「『金足農業高校 感動をありがとう』とかなら、どんな結果に対しても使えるんじゃないですか?」

「『金足農業高校 準優勝おめでとう』にして、優勝したら“準”の上に秋田市のマークでも縫い付けて隠しましょう」

 金足農業と同じ秋田市内にオフィスを構える我が社では、社員全員で準決勝の日大三高戦の勝利に歓喜した直後から、総務部と広報部を中心にこんな冗談とも本気ともつかないやり取りが繰り広げられている。

 結局これといった案が出ないまま、両部署の担当者が今日これから業者と発注内容を詰める運びとなり、関係のない僕らは試合の余韻のドサクサに紛れ定時で去っていった。

 明日は、金足農業が夏の甲子園の決勝に県勢として103年ぶりに挑む。

誰も予想していなかったであろう甲子園決勝、そして秋田巡業

 金足農業が甲子園の決勝に進むことを誰も想定していなかった。

 やや失礼な物言いに聞こえるかもしれないが、勝ち残りすぎて滞在費が足りない、という事実は盛んに報道されていたし、これまで県勢がここまで勝ち残ることもなかったから、学校そのものですら決勝進出を想定できなかったのは仕方のないことである。むしろ『あきたこまち』だけで延べ300キロ、ほかに旬の地元産メロンなどを贈呈し、長期滞在中の食料確保に大いに貢献した県庁や地元のJAのファインプレーに拍手を送りたい。

「想定してなかった」系で一番の大事件は、大相撲の秋田巡業と甲子園の決勝が同日に開催されてしまったことであろう。

 地方巡業には単に本場所から縁遠い地域に大相撲をアピールする目的だけでなく、その地域の出身力士が「故郷に錦を飾る」という意味合いもあり、とくに関取ともなれば横綱に匹敵する扱いの告知ポスターが作成され、巡業中も地元のファンから別格の声援を浴びる存在となる。

 当時、秋田の関取といえば大ベテランの元関脇・豪風(現・押尾川親方)で、この巡業も母校の相撲部のOB会が後援に名を連ね、秋田の相撲ファンも豪風の凱旋を心待ちにしていた。ところが、年に一度の凱旋が103年ぶりの決勝進出とバッティングし、みんな嬉しい悲鳴を上げることになってしまったのである。そして、豪風の母校とはまさに金足農業高校であるから、金農関係者をしてもいかにこの事態が想定外であったかがこの一件からも窺える。

 2019年初場所をもって現役を引退した豪風にとっても、現役最後のこの秋田巡業はきっと思い出深いものになったに違いない。引退会見で競技の枠を越えて母校の後輩・吉田輝星(現・北海道日本ハム)にエールを送ったことも、秋田県民の胸にしっかりと刻まれている。

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