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「王様と奴隷でした」……北九州監禁連続殺人事件で7人が殺害されるまでのおぞましい手口――2019上半期BEST5

ケース2・松永太 北九州監禁連続殺人事件#1

2019/08/15

2019年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。社会部門の第1位は、こちら!(初公開日 2019年6月1日)。

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 死刑執行1人、死刑確定4人、一審死刑判決1人、無期懲役確定2人、懲役30年確定1人、自殺1人。10人の連続殺人犯との対話をまとめた『連続殺人犯』(文春文庫)に取り上げられた殺人犯の現在の境遇だ。

 2002年3月に発覚し、詳細が報道されるにつれ日本中を凍りつかせた「松永 太 北九州監禁連続殺人事件」を全文掲載。

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福岡県北九州市の松永太(40)による史上稀に見る凶悪犯罪。内縁の妻、緒方純子(40)と共に被害者を監禁したうえマインドコントロール下に置き、自らは手を下さずに殺し合いをさせていた。2002年、監禁されていた広田清美さん(仮名・17)の脱走により発覚。清美さんの父、由紀夫さん(仮名・34)、純子の両親である誉さん(61)と静美さん(58)、妹の理恵子さん(33)とその夫の主也さん(38)、二人の子供の彩ちゃん(10)と優貴くん(5)の計7人が殺害されていた。

福岡拘置所に居た明るく晴れやかな“連続殺人犯”

「いやーっ、先生、わざわざ私のために東京から来ていただき、ありがとうございます。先生、いま私を取り巻く状況は、本当にひどい話ばかりなんですよ。とにかく聞いてください……」

 2008年11月、福岡拘置所。稀代(きたい)の凶悪殺人犯は、上下グレーのスウェットスーツを着て面会室に現れた。明るく晴れやかな表情で私の前に座ると同時に、堰を切ったように喋り始めた。

「もう私の裁判はね、司法の暴走ですよ。私自身、なにも身に覚えのないことなのにね、私ひとりに罪を被せようとする陰謀が、あらかじめ出来上がっているんです。ほんと、裁判所という機関は、いまではもうほとんど、事実を発見する仕組みが機能しなくなっていると思います。感情的にならず、冷静に判断することをよしとされる裁判官が、マスコミや一部の作家のアジ(テーション)に乗っかった意味不明の判断を次々に実行しているんです。いわゆる魔女裁判のように裁こうとしているんです」

 陽に当たらず地下で栽培されたウドを想像させる、漂白されたかの如き白い肌。歌舞伎役者のように整った顔立ち。だが、その見開いた黒目の奥には感情を窺えない闇が宿る。私はメモを取る手を止め、しばし彼の表情に目をやった。

 なんなのだろう、この饒舌な語りは。なんなのだろう、この罪悪感のなさは。

 事件発覚直後から現場での取材を重ね、凶悪な犯行内容を知っている私のなかに、違和感ばかりが募る。自らの潔白と司法への不満を息もつかずに訴え、その合間に笑みを浮かべて私を持ち上げ媚を売る。そんな男を目の前にして、ひとつの確信が生まれていた。

 悪魔とは、意外とこんなふうに屈託のない存在なのかもしれない、と。

監禁・連続殺人事件の判決公判。死刑判決後、福岡地裁小倉支部を出る被告を乗せた車(北九州市小倉北区) ©時事通信社

7人が殺害された「北九州監禁連続殺人事件」

 男の名は松永太(ふとし)。面会時は47歳。福岡県北九州市で1996年2月から98年6月にかけて、7人が殺害された「北九州監禁連続殺人事件」の主犯である。

 2002年3月、松永と内縁の妻である緒方純子に監禁されていた17歳の少女が、同市内の祖父母宅へと逃走したことで犯行が発覚。逮捕された松永は、7人全員に対する殺人(うち1件は傷害致死)などの罪に問われて一審、二審ともに死刑判決を受けた。私が面会したときは、最高裁に上告中であった。

 一方、共犯者として松永と共に逮捕された純子は、一審で死刑判決を受けるも、二審では松永の強い影響下にあった、との理由で無期懲役へと減刑されていた。

 ちなみに被害者7人のうち6人が、純子の両親や妹を含む親族だ。原則4人以上の殺人は死刑という「永山基準」に当てはまる事件の被告人でありながらも、松永による精神的な支配下での犯行であったことが思料された。

 さらに付け加えれば、後の最高裁でもこの高裁判決は支持され、2011年12月に彼女の無期懲役が確定する(同時に松永の死刑も確定)。つまり松永による抑圧は、それほどに苛烈なものだったのである。

 この裁判を取材した司法記者に会ったとき、彼は松永が純子を支配した構図について、次のように話した。

「松永は間違いなくDV常習者。長期にわたり純子に対して殴る蹴る、さらには通電の虐待を繰り返してきた。だけど純子はDV被害者特有の心理で、暴力の原因は自分にあると思い込んでしまった」

 通電とは電気コードの先に金属製のクリップをつけた器具を躰に装着して、100ボルトの電流を流す虐待方法だ。松永は純子に通電を繰り返し、彼女の右足の小指と薬指は火傷でただれ、癒着するほど痛めつけられていた。記者は続ける。

「純子は二度、松永の許を逃げ出そうとしたが、連れ戻されてより激しい通電虐待を受けた。もう逃げられないという諦めと、通電の恐怖を心に植え付けられた彼女は、松永の要求を拒むことができない心理状態に置かれてしまった」

 かくして、純子は松永の主導の下、自分の身内を巻き込んだ大量殺人の共犯者となっていく。

 もっとも、二人が逮捕された直後は、これほどまでに被害者が多く、かつ凶悪な犯行であることは、捜査関係者を含めて誰も想像していなかった。だからこそ、偶然網にかかった鮫の腹を割いたところ、そこから無数の骸(むくろ)が出てきたような、予期せぬおぞましさを感じさせることになったのだ。