面会してからすぐに自宅に届いた、松永からの手紙
松永太と福岡拘置所で面会してからすぐに、彼からの封書が自宅に届いた。
中身は3枚の便箋。黒字のボールペンを使い、神経質な印象の細かい字で書かれた手紙には、マスコミの報道や有識者による見解を恣意的として批判する言葉が並んでいた。そのうえで客観的に証拠を見てほしいということが、繰り返し書かれていた。
また、松永はとある作家の名前を挙げ、同人は勝手な想像をふりまわしているだけだと断じ、私に対してそのような作家に“なり下がらないように”との注意も書き添えていた。
それ以降にやりとりした手紙もほぼ同じ論調だった。私(松永)は事実しか話していない。だから証拠を純粋な目で見て貰えば、無実だと分かるはず、というものだ。
拘置所のアクリル板越しに対面した松永は、私について当初は「先生」と呼び、続いて「小野さん」となり、さらには「一光さん」と変遷することで、親近感を演出しようとした。加えて、さも真実を語っているという声色で強調する。
「一光さん、神に誓って私は殺人の指示などはしていません。それらについては、控訴審での私の陳述書を読まれても、分かってもらえると思います。一光さんを信用していいのか不明ですが、私は小野一光という人は信用できると思ってこの話をしています。だからこそ、私が殺人の指示などしていないことを信じてもらいたいのです」
松永がそのように主張する理由はすぐに理解できた。なにしろ彼は殺人を実行していないのだ。おまけに、そう命じたことが録音で残されているわけでもない。つまり客観証拠がないから無実だと言いたいのである。事実、その点に注意を払って犯行を重ねてきたのだろう。
しかし、事件当時に子供だった広田清美さんの供述だけでなく、成人の緒方純子までが、当初の黙秘から自身の死刑判決を覚悟した全面自供に転じたことで、状況証拠の信用性が格段に上がったことは、松永にとって計算違いだった。
いくら“遺体なき殺人事件”とはいえ、1994年に発覚した「埼玉愛犬家連続殺人事件」を持ち出すまでもなく、状況証拠の積み重ねで有罪となった例はいくつもあるのだ。
捜査員は次のような言葉を口にしている。
「なによりも緒方が自供したことが大きかった。それに尽きる。我々の誰もが、卑劣な松永を絶対に許さないとの執念で、捜査を続けてきたからね。その思いがやっと実を結んだということに、万感の思いがあった」
犯罪捜査のプロにここまで言わせる凶悪犯の原点は、松永家の実家がある福岡県柳川市にあった。
「頭も顔も良かったけど、みんなからは好かれとらんやった」
松永は1961年4月、福岡県北九州市で畳店を経営する両親のもと、長男として生まれた。上に姉が1人いる2人姉弟だった。やがて彼が7歳のとき、祖父が柳川市の実家で営んでいた布団販売業を父親が継ぐことになり、同市に家族で移り住んだ。
地元の公立小学校から公立中学校へと進んだ松永は、当時から自分よりも弱い存在に対してのみ、横暴な態度を取る子供だった。小・中学校時代の松永の同級生は、「いい印象がない」と前置きして語る。
「体格の良かった松永は、中学時代はバレー部に入り、わりと頭も顔も良かったけど、みんなからは好かれとらんやった。というのも、自分より強い奴にはなんも言えんくせに、弱い相手ばかりにイジメば繰り返しよったから。よく、背の低い同級生に『早く飲んで見せろや』と言って、無理やり牛乳ば飲ませよった」
この証言者によれば、後に松永の起こした事件が明らかになったとき、同級生同士で「あん奴はしかねんやろ(あいつならやりかねない)」との会話が交わされたのだという。
中学卒業後、松永は久留米市(当時は三潴(みづま)郡)にある公立高校に進学した。同学年には後に共犯者となる緒方純子も通っていたが、軟派な松永と真面目な純子との間に接点は見られない。高校に入った松永は、持ち前の甘いルックスと不良っぽい言動が受けて、急激にモテるようになった。小学校から同級生だった谷口康治さん(仮名)は、高校時代にそんな松永の家によく遊びに行っていた。谷口さんは当時を振り返る。
「あいつは本当に口が達者やったと。女の子にはマメに連絡を取るし、家に連れて来るまでのアプローチが上手いったい。それで同級生やら年下の女の子を部屋に連れ込んでは、見境なくコマしよった」
両親があまり干渉しない松永の実家は、女性を連れ込んでも注意されないため、友人たちのたまり場になっていた。そこで谷口さんは、次のようなことを松永に話した記憶があるという。
「あの当時、俺がよくいきがって『女を人と思っちゃいけん。女をカネづると思わな』って言いよったけんがくさ、その影響ばモロに受けて、松永は女に飯代ば払わせることにプライド賭けとったね。あと、あいつは極端にキレイな女の子には行かんったい。それよりはあんまりモテんで、自分に簡単になびくような子にばっか声をかけよった」