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舛添要一の怒り「池内紀『ヒトラーの時代』に罵声を浴びせる研究者たちへ言いたいこと」

『ヒトラーの正体』著者は『ヒトラーの時代』をこう読む

2019/08/09
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ナチズムの「母胎にあたるものは、ごくふつうの人々だった」

 以上のようなエピソードを挿入しながら池内氏が力説したかったのは、ナチスを支持し、ヒトラーを政権に就けたドイツ国民の実態であり、光と影である。氏は、「ナチズムの妖怪は異常な人間集団のひきおこしたものではなく、その母胎にあたるものは、ごくふつうの人々だった」(255p)と喝破する。
 
 氏がこの本で書きたかったのは、ヒトラーの実像ではなく、ヒトラーに従ってしまった大衆=「ごくふつうの人々」だったことが、この一文からよく分かる。その点は、私にも実感できる体験がある。

 ヒトラーが政治活動を始めたミュンヘンで、私は若いころ研究生活を送ったが、そのミュンヘンの下宿屋の親父さんが、「人生を振り返ると、ヒトラー時代が最高だった」といつも私に語っていた。一方で、私は休日を利用して、近くにあるダッハウの強制収容所を見学に行き、ユダヤ人などを大量に殺害したホロコーストの歴史を学んだ。ナチスの悪行は周知されているのに、なぜ、親父さんがヒトラー時代を礼賛するのか、その謎を解くべく、私は欧州諸国で研究を続けたことを、拙著を書きながら、何度も思い出したものだ。

©佐藤亘/文藝春秋

 独裁者は恐ろしいが、独裁政治は、それに従ってしまう大衆を抜きにして語れない。その教訓は現代世界に通じる。移民排斥を掲げる極右政党の台頭、傍若無人なトランプ大統領の振る舞い、イギリスのEUからの離脱などのポピュリズムが跋扈しているが、これらに喝采する「ごくふつうの人々」が増えてきているのも事実だ。そして、人種差別やヘイトスピーチがまかり通っている日本も、その例外ではない。

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 ヒトラーが政権をとった時代にあまりにも似てきている。そのような内外の情勢が私の危機感となり、ヒトラー入門書の執筆となった。80歳を前にした池内氏が、専門外というリスクをおかしてまで、この本を書いたのも同じような動機があったに違いない。

「専門分野は、その道の専門家が書くべき」という風潮に対して

 研究者たちの「蛸壺社会」からの池内氏への批判には、魔女狩り的な匂いすらする。今回の件をもって、専門分野は、その道の専門家が書くべきだ、という風潮に流れるのだとしたら、それには断固として異議を唱えたい。人間の病に例えても、専門医が病原をいきなり発見するわけではない。総合的な医学知識を持つホームドクターがいて初めて、病は判明するのだ。

©iStock.com

 歴史家や研究者が、歴史事実と現代の事象を安易に結びつけてしまう危険は、私もよく理解している。歴史修正主義にも繋がりかねない。だから、彼らに私たちと同じアプローチをとってまで、ヒトラーを論じるべきだと言うつもりはない。また、誤りは誤りとして、指摘してもらっていい。大きなメッセージさえあれば、細部を疎かにしてよいわけではない。むしろ、細部の積み重ねからメッセージは導かれるとも言えるだろう。

 だが、これだけは言いたい。日本や世界の危険な兆候に警鐘を鳴らす池内氏や私の取り組みを、ネットでの公開処刑によって、専門外の素人が書いた意味なきものとして腐す態度だけは、大いに反省するべきだ。

 繰り返すが、戦後の日本や世界の歩みを長く眺めてきた私たちには、危機感がある。日本や世界に危険な兆候が現れていることは、20世紀の怪物ヒトラー、そして彼による人類史上最悪の犯罪を研究してきた者なら、よく理解しているはずである。

ヒトラーの正体 (小学館新書)

舛添 要一

小学館

2019年8月1日 発売

舛添要一の怒り「池内紀『ヒトラーの時代』に罵声を浴びせる研究者たちへ言いたいこと」

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