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特集74年、あの戦争を語り継ぐ

『日本のいちばん長い日』著者の半藤一利は、あの「8月15日」をどう過ごしたのか?

戦後74年――いま語られる“半藤少年”の「戦争体験」 #3

2019/08/15

「今まで言われていたことは全て嘘だったんだ」

 終戦の日で最も印象に残っているのは、家に帰った時のことですね。かつてこの戦争が始まった日に「負けるぞ」と言った親父が、憮然とした顔をして待っていたからです。とくに話すこともなく夕食となり、お粥を啜りながら私は不安になって聞いたものです。「男はみんな奴隷になって、女はみんなアメリカ兵の妾になるんだよね」と。

 

 そのとき親父が言った言葉は今でも忘れられません。

「馬鹿もん! おまえ、なにを考えているんだ。空襲で川の中に落ちて、水をガブガブ飲んで、まだ頭に水が溜まっていて変になったんじゃないか? 日本の男を全員奴隷にしてどこかへ連れていくのに、どれだけの船がいると思う? そんな船があるわけはない。女たちを妾にする? それをアメリカの女たちが黙って見ていると思うか? そんなことはできっこないんだ」

 そのとき初めて、私は自分の親父を尊敬しました。「リアリズム」なんて言葉は知りませんでしたが、まさに親父のリアリズムにはっとさせられたわけです。

 パッと目が覚めたように、「そうだよな。そんなことはあり得ないんだ」と思った私は、「要するに、今まで言われていたことは全て嘘だったんだ」という気持ちになりました。

 そして、私はあの東京大空襲のときに焼け跡で誓ったように、今後は「絶対」という言葉を使わないぞとあらためて決意しました。それは当時の私が幼いぼんくら頭で考えた、たった一つの哲学であったのだと思っています。

撮影=志水隆/文藝春秋

 

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