ヘアメイクの世界に飛び込んだIKKOさんは着物撮影ですぐに評判を呼ぶ。
そしてテレビ界との接点になったのが『SHOW by ショーバイ!!』『平成教育委員会』などで国民から愛された逸見政孝さんだった。逸見さんのヘアメイクとして信頼されたIKKOさんがテレビの表舞台にデビューするまで。(全3回の2回目/#1、#3へ)
◆◆◆
着物の撮影で「この5ミリが大切なのよ、IKKOさん」
―― 横浜・元町のヘアーサロンで8年間働いて、その後、独立されてヘアメイクの世界に入られます。
IKKO 最初、フリーとしてやっていたんだけど、全然仕事がなくて。半年後にヘアメイクの事務所に入ったんです。私の場合、着物撮影のヘアメイクができるっていうのが大きかったんです。入って2カ月もしないうちに、「着物の仕事だけどやってみる?」って言われて「やります」と。今考えると度胸あるなって思う(笑)。それですぐ『美しいキモノ』という雑誌の表紙をやっていました。最初が女優の眞野あずささん。『家庭画報』『婦人画報』『ミセス』『マダム』『ラ・セーヌ』のような雑誌の表紙を飾る人ってだいたい決まっていたんですよ。その人たちのメイクをやったら一流といわれていた。それを入って2、3カ月で出来たんです。
―― その頃に出会われた女優さんで、印象に残っている方はいますか。
IKKO 松尾嘉代さんですね。石立鉄男さん、杉田かおるさんとドラマ『パパと呼ばないで』に出ていた女優さんです。とにかくすごかった。着物の撮影のときに1時間近く横座りしていたんですよ。その体勢を支えている手が、私は椅子についていると思っていた。でも違うんです。ずっと浮かせているんです。5ミリ浮いていた。「この5ミリが大切なのよ、IKKOさん。楽な格好をすると美しくない」って。すごいでしょう。