大迫傑が変わった――。そう感じたのは、本の締め切りが迫った今年6月のことだった。何気ない話のなかで、突然、棄権をした東京マラソンの後で、悩み続けていたことを話し始めたのだ。
幼少期から現在まで、走り続ける日々の中で大迫が気づいた様々な思いを綴った初の書籍「走って、悩んで、見つけたこと。」の制作のため、この1年、私たちは何度も話し合いを重ねてきた。
決して感情的にはならないランナー
初めての打ち合わせは、2018年8月。まだ日本記録を出す前だった。
早稲田大学のエースだった頃から、彼は自分の意見を持った選手だった。
走ることは何よりも自分自身との戦いであり、ライバルやレース展開、他人からの評価など、自分の想像の産物でしかないものに捉われることは無駄、というスタンスはこの1年ずっとぶれることがなかった。
そして本人は否定するかもしれないが、彼には少し人見知りなところがあった。だから、何度も話をしても、どこかに越えてはいけない一線を感じ、ときには真正面から「それについては答えたくない」と言うこともあった。自分の考えについては話はしても、感情を深く掘り下げて語ることはない、それが大迫の印象だった。
3度目のマラソンであるシカゴマラソンを控えていた時もそうだ。世界の名ランナーと走ることについて尋ねると「モハメド・ファラー(五輪で4つの金メダルを獲得)やゲーレン・ラップ(リオ五輪のマラソン銅メダリスト)と走れるのは光栄で、勝とうという思いよりは、挑戦していきたいなという気持ちです」と淡々と話をするだけだった。
だが、いざレースが始まるとゲーレン・ラップにも先着する好走で、日本人初となる2時間5分台でゴール。日本記録を更新し、多くのメディアが彼の元に殺到した。
もちろん、うれしい気持ちはあったと思う。けれども「おめでとう」と沸き立つ周囲に対して、彼は淡々と対応をしていた。ゲーレン・ラップに勝てたことについて話を向けても「そこは謙虚であるべきで、実際、実力はまだまだ彼のほうが上だと思っています」と冷静で、そこには流されてはいけないという彼の思いが感じられた。
以前、大迫は「世の中は川の流れと一緒。その中に僕が立っていて、流れがどう変わろうとも自分の立ち位置を変えてはいけないと思っています。レースが良かったときってみんなが褒めてくれるじゃないですか。逆に悪かったときはたくさんの人が非難をする。だから僕は逆に考える。良かったレースではその中で見つけた課題を反省し、悪かったときは良かったところを探す。そうやってバランスを取っているんです」と語っていた。そういう姿勢が彼を冷静に見せていたのだろう。