「東京マラソン棄権」でも淡々と
2019年3月に行われた東京マラソンは、東京五輪の代表選考レースであるMGCの出場資格を得る、ほぼラストチャンスだった。そのため、多くの日本人選手が大会に集結した。
人々の注目の的となっていたのは、やはり日本記録保持者の大迫傑だった。2度目の日本記録更新もあるのではないか。そんな期待がいやが上にも高まっていた。
だが、冷たい雨の降りしきる中で行われたレースは過酷だった。ゴールはしたものの低体温症で搬送される選手もいた状況下、大迫は30km手前で棄権を選択。寒さに体を震わせ、沿道を歩く姿はこれまで見たことのないものだった。
翌日大迫はツイッターで「言い訳はありません、強くなって9月帰ってきます!!」と発信。それでも、体調はどうなのか、気落ちをしているのではないか――。そんな心配を抱きながら、レース2日後に本人に会うと、思ったよりも淡々と結果を受け止めていたようだった。
「マラソンでは初めての棄権でしたが、トラックで棄権したことは今までもあったし、僕にとっては目的を果たせないなら、早く止めて次に向かったほうがいいと思っただけです。友人たちにも僕らしい決断だったと言ってもらえましたし、すごく落ち込んでいるんじゃないかと想像していると思うけど、むしろトラックの時よりも気持ちの切り替えは早かったし、次に進んでいくしかないと思っています」
レースについては多くを語らない
もともと大迫は、レースを振り返ることがほとんどない。他の選手だと10km、15km、20kmとその時々の体の状態や、レースの展開について色々と語るものだが、大迫は振り返っても仕方がないし、ほとんど覚えていないから、とレースについて多くを語ることがなかった。
マラソンにおいては過程が大切で、厳しい練習に打ち勝ち、スタートラインに立てたことがひとつの勝利だという彼の理念もあった。そして東京マラソンでは棄権をしたけれど、そのスタートラインに立てたことへの達成感が霞むことはなかったという。
一方で注目をされることに対しては疲れをにじませていた。
「レースを盛り上げるために必要なことだと理解はしているんです。ただ、記者会見でタイムを書かされたりする雰囲気だったり、自分の言いたいことを言っただけのインタビューも、変なフィルターを通して報道されたりして。ああいう状況に長くいるのは少し疲れるなと感じました。次回はもしかしたらレース直前に帰国してもいいのかもしれない」
そう語り、大迫は日本を離れた。
だが、それから3ヶ月が経った6月のあの日、大迫は突然語り始めたのだ。