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「僕はもともと色々なことを気にしてしまうタイプなんです」

 再び来日し、本の細部を詰めていく話し合いでのこと、大迫は東京マラソンから悩み続けていたことを告白した。

「僕はもともと色々なことを気にしてしまうタイプなんです。だから目の前で誰が勝つのかとマウンティングされる煩わしさから離れて、ゆっくりと競技に向き合いたくて、アメリカに行ったところもありました。アメリカで生活していくうちに自分をコントロールできるようになったと思っていたのに、東京に戻って色々な雰囲気に飲まれて、素の自分に戻ってしまったんです。プレッシャーとまではいかなくても、その影響は想像以上に大きかったんだと今は思っています」

 この1年、常に確信を持って語っていた大迫が、その裏で悩んでいたことをさらけ出したことに驚いた。今までの彼ならば、ここまで自分の弱みを正直に話してくれることはなかっただろう。これまでとは違う面を見せることに対しての勇気も必要だったと思う。だからこそ、大迫が東京マラソンが終わってからも数ヶ月、悩み続けていたことが伝わってきた。その悩みを大迫は真っ先にコーチであるピート・ジュリアンらに相談したという。

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「今回は練習のプロセスの中ですごく大変な思いをしてきて、棄権はしましたが、レース直後はすごく満足していたんです。けれども、時間が経つうちにリタイアしたことは合理的な判断だったのか、それとも日本記録を持っていることで努力やモチベーションが足りていなかったんじゃないか、止めたことは僕の弱さではないか、それとも単純についていく力がなかったんじゃないか、と色々な疑問が出てきてしまって……。そういう全ての悩みをピートに話しました」

大迫傑 ©松本昇大

「MGC前にこういう経験ができてよかった」

 ピートらはスタートラインに立つまでに努力し続けてきたこと、レースを止められる強さについてを大迫に説いた。そして数ヶ月をかけ、彼はようやく自らが納得する答えを導き出した。

「まだ全部を理解しているとは思えませんが、ずっと自問をしていくなかで、結局良くも悪くも練習を積んでいかないと自信は戻ってこないんだと気づきました。今はいい状態で走れているし、MGC前にこういう経験ができてよかったと思えるようにはなりましたね」

 レースから3ヶ月。レースを見つめ直し、納得して、ようやく大迫傑にとっての東京マラソンは終わりを迎えた。自分の弱さに向き合い、乗り越えただけでなく、それをためらわずに伝えられるように変化した大迫は、あのリタイアから多くのことを学んだのだと思う。MGCではどんな状況下でも自分をコントロールする術を見つけていることだろう。そして、彼の思いを受けて、本には多々の加筆がなされた。

 多くの経験をしたこの1年を経て、2019年9月15日、進化した彼が東京でどんな走りを見せてくれるのか。楽しみは募るばかりだ。

走って、悩んで、見つけたこと。

大迫 傑

文藝春秋

2019年8月30日 発売