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「時には起こせよムーヴメント」吉本の内部告発騒動という“失敗革命”を振り返る

速水健朗×おぐらりゅうじ すべてのニュースは賞味期限切れである

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お笑い保守層が求める「恫喝する加藤浩二」と「茶化す松本人志」

速水 加藤浩次は、本当によく言ったと思う。断然支持。てっきりこれで吉本が、松本世代 vs.加藤世代で大分裂を起こすのかと思いきや、丸め込まれる方向に行ってがっくりだよね。でも今回の件で一番驚いたのは、ケンカはやめてうまくさやに収まってほしいと思っている人たちが、特にネットに多かったこと。「加藤の乱」にしたって、加藤のたまに出る恫喝とか乱暴者のキャラクターが出ただけで、いつものやつだって納得の仕方をされた気がする。

おぐら 保守的なお笑いファンは、芸人が売れたり年を重ねたりして芸風が変わったあとも、深夜ラジオや深夜番組で暴れていた当時のキャラクターを期待しがちなんですよ。

朝の情報番組「スッキリ」(日本テレビ系)の他、サッカー番組や経済番組でも司会を務めている加藤浩次 ©AFLO

速水 お笑い保守層ね。

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おぐら そういったお笑いにおける保守的な考えを内面化している芸人もいますし。たとえば『ワイドナショー』における松本人志は、扱うニュースの内容がどれだけシリアスであろうとも、どうにか茶化してやろう的な姿勢を感じます。それでいつも炎上する。

 

速水 「加藤の乱」の矛を収めさせて丸め込んだのは結局、松本人志の空気をまとめる力だよね。『ワイドナショー』以降の松本人志を絡めた政治批評は、ちょっとしたブーム。「週刊金曜日」の2017年7月21日号で特集したのが筆頭かな。吉本が政権に寄ってきたことと『ワイドナショー』で松本が政治的な空気読みをしていることを結びつけるのは当然の流れとしてはいい。ただ、「週刊金曜日」的な単純な権力批判は、意味がない。その辺りは杉田俊介がnoteで批判している。

松本人志についてのノート(杉田俊介)
https://note.mu/sssugita/n/nb02c291c3fad

おぐら 優秀な芸人ほど、番組の内容によっていくらでもキャラクターを変えられるので、真面目なコメントや品行方正を求められるシチュエーションであれば、それに順応するだけですよ。

速水 お笑いが品行方正であるべきとはまったく思わないけど、情報番組とかのコメンテーターをやっている人たちのなかで、一番ぬるいのは芸人なんだよ。明るい話題を笑いに変えるのは当然うまくできるんだけど、シリアスなニュースは安易にコメントできないし、空気読むから茶化すこともできない、かといって専門的な知識もないから、どうしても世間の味方的なことしか言わない。それが求められるんだから仕方ないとはいえ、茶化すだけ松本がまし。

おぐら 専門家や世論とも違う、芸人ならではの視点で別の見方を提示するのが、コメンテーターとしてキャスティングされた芸人の役割なんですけどね。

速水 芸人が世間の味方をする正論を言うのは、完全に間違ったポジショントーク。

松本人志のツイートにも現れた、「ファミリー」という思想

おぐら あの会見で田村亮が、吉本の側から「ファミリーだと思ってる」という理由で謝罪会見を開くのを止められたことについて、「本当に僕がファミリーだとするんだったら、僕は子供だと思ってます」「子供が本当に悪いと思ってることを謝ろうとしているのを止めるのが親ではないと思います」と発言しましたよね。

速水 あの発言は会見のハイライトのひとつだった。今回「ファミリー」は重要なテーマ。

 

おぐら 会見を受けて松本人志が「後輩芸人達は不安よな。松本 動きます」とツイートしていましたが、これも結局は吉本側と同じファミリー思想の表れですよね。どの事務所よりも吉本は、売れた先輩が後輩を引き上げるようなことを盛んにやっていますし、先輩が後輩にご飯をおごるのも当たり前。なので、ファミリーであることの利点も正直たくさんある。ただそれが、場合によっては圧力になったり、間違った方向へ導いたりもするっていう。

 

速水 松本人志は長兄として、純粋に求められていることをやったんだよね。家族としての縁は切れないから、表面的には引き取って責任を取るとは言いつつも、長兄的な立場で「オヤジも謝ってるし、勘弁してくれや」と言っているに等しい。でもそうやって丸め込もうとするのは、大企業のやり方としてはもはや許されない。