Q 昆虫学者なのに、別生物を愛したことはあるのでしょうか?
昆虫以外の生物で「これは素晴らしい!」と浮気しそうになったことはありますか?(40代・男性)
A ダニに浮気しました。
結論からいえば、あります。
それは、ダニです。ていうか、実は私は、昆虫ではなくてダニが専門の生物学者なのです。だから、ダニが本命で、昆虫の方が「浮気相手」ということになります。
え? ダニって、昆虫の一種じゃないのか? なんて声も聞こえてきそうですが、ダニと昆虫は分類学的に全然違う生き物です。どちらも節足動物といって、外骨格をもつ動物の仲間ですが、ダニの方が昆虫よりも起源も古く、全く別の分類群として進化してきた生物なのです。
身体の特徴にも大きな違いがあります。昆虫の身体は頭部、胸部、腹部という3節にわかれていて、胸部から脚が6本と羽が生えているというのが基本的構造ですが、ダニは一塊の身体に直接、口と目と8本の脚が生えているという、よりシンプルな構造をしています。何より身体の大きさが小さく、ほとんどの種が数ミリにもなりません。小さいくせに多様性は高く、世界中でわかっているだけで5万種はいるとされ、未発見の種も含めると10万種を超えるのではないかと考えられています。
ダニがいなければ世界は成立しない!
ダニと聞くと、身体がかゆくなる! と忌み嫌う人も多いと思いますが、ダニは自然界で、様々な役目を果たしている重要な生態系の一員であり、この地球もダニがいるから、人間が生きていける世界が成立していると言っても過言ではありません。人間に悪さをするのはダニ界全体の極々一部の種のみです。
そんな風にダニを熱く語るほどまでにダニを愛するようになった訳は、大学時代に遡ります。もともと当時流行し始めていたバイオテクノロジーを目指して農学部に入学したのですが、実験実習でダニの観察実験があり、顕微鏡下で繰り広げられるダニどうしの求愛行動やオス同士の闘いを目の当たりにして、こんなちっちゃな生物にも子孫を残すための壮絶な恋愛ドラマがあることに衝撃を受けて、あっという間にダニ・ワールドにハマってしまったのでした。
それ以来、ダニを材料とした研究にのめり込み、卒業後も企業の農薬製造部門に就職して、ひたすらダニを相手に研究を続けて、学位を取得後、今の国立環境研究所に転職しました。
今は、環境省直轄の研究部門として、外来種対策など自然環境保護の仕事につき、ダニばかりを相手にすることは出来なくなりましたが、今でもダニ愛は変わらず持ち続けています。
ダニ愛が高じてダニを描くのが趣味になりました
最近ではダニ愛を芸術で表すことにもハマっており、いろいろなダニのコンピューターグラフィクスを描くのが休日中の趣味になっています。その中の一番の自信作が「クワガタナカセ」のCGです。クワガタムシの背中にくっついてるダニですが、そのフォルムに惚れ込んで描いた渾身の作品です。
あまりによく出来たと自画自賛して、ダニ学関連の国際雑誌を出版している会社に、雑誌の表紙に使ってくれと売り込んだら、出版社の方が、完全に自分のことをアーティストと勘違いして、出版記念パーティに招待してくれたうえに、このCGを載せた記念切手まで作ってくれました。
さらに天皇陛下と美智子様が弊所に見学に来られたときに、大変名誉あることに当方が生物研究をご紹介する大役を拝命し、その説明会場に自分のCGアートもパネル展示していたら、美智子様がこのクワガタナカセCGに大変高いご関心を示され、なんとこのダニのCGを皇居に持って帰って頂いたという恐れ多いエピソードもあるのです。まさに我が人生最大の誉れであり、ダニ学をやっていてよかったと思えた瞬間でした……。
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