キャプテンで、正捕手で、不動の4番。かつての阿部慎之助選手はまるで漫画の主人公のような存在でした。私は学生時代から、多い時は年間40〜50試合、東京ドームのライトスタンドに通い詰めていました。プロ入りしたばかりでとても細身のキャッチャーだった時代から、阿部選手のプレーをずっと見てきましたし、私の脳裏には、阿部選手の美しいホームランの軌道が何本も焼き付いています。
今季はここまで打率2割9分6厘、5本塁打、23打点。全盛期のような数字のインパクトはないかもしれませんが、阿部選手にしか出せない存在感を発揮しています。序盤は代打としてチームを支え、6月にファンが待ちに待った400号を達成。8月7日、ついに「5番一塁」でスタメンに復帰すると、やや低迷していたチームが一気に上昇気流に乗ります。勝負所の8月に見せた月間打率3割3分3厘の打棒は5年ぶりの優勝マジック点灯をググッと引き寄せたと言っていいでしょう。そして、ベンチではゲレーロ選手やビヤヌエバ選手など外国人選手と話している姿をよく目にします。阿部選手という日本の現役レジェンドが積極的にコミュニケーションをとってくれることは、外国人選手にとってとてもプレーしやすい環境になっているのではないでしょうか。
取材中に阿部選手から教わったこと
阿部選手といえば、7年前にマウンド上で澤村投手の頭をはたいたシーンがあったように、厳しそうなイメージと、一見近寄りがたいオーラがある選手です。しかし、取材時に勇気を出してお話を伺ってみると、とにかく野球のことに関して研究熱心で色々と教えてくれる、とても優しく面倒見の良い方で……なんとも嬉しいギャップでした。
私は、野球を見るときは毎試合スコアをつけており、野球関連の仕事をするときはスコアブックを取材ノート代わりに使っていました。あるとき、それを持って取材に行くと、阿部さんは「え? これ付けながら観てんの? 記者ならともかくアナウンサーでこれ付けてる人あんまりいないよ」と笑いながらこう教えてくれました。「真っ直ぐか変化球かどうかだけでいいから、球種も全部付けながら見るといいよ。そうしたら1―1のカウントだとこのボール投げさせがちとか、それぞれキャッチャーのクセが分かる。そうしたらもっと野球が面白くなるから」。そう言って自らペンを持ち、私のスコアブックに阿部さん流の配球表を書いてくれたのです。それからは、それまで以上に配球に注目して観るようになり、阿部選手のお陰でまた一つ野球の面白い視点を手に入れることができました。そして阿部選手がなんであんなに打てるのか、という秘密の一端が見えたような気がしたのです。
さらに、ぶっきらぼうなようでいて、相手へのリスペクトを決して忘れない人でもあります。
阿部選手が横浜スタジアムで、当時DeNAに所属していた山口俊投手からレフトスタンドにホームランを打ったときのことです。その一打について尋ねると阿部選手は「相手はベイスターズのエース。なかなか失投はしてくれないからね。相手が良い球を投げてきてそれをうまくとらえられたから良かった」と話していました。西武の中村剛也選手に次ぐ歴代2位の230人からホームランを打っている阿部選手ですが、相手ピッチャーへの敬意をまず先に表すところに、野球人としてのプライドが見えました。
逆に山口投手にこの対戦について聞くと「これまで失投を打たれたことはあっても、完璧に投げた球を逆方向のスタンドまで運ばれたのは初めてでした。僕が言うのもなんですが、本当さすがですとしか言いようがないですね。本当に素晴らしい打者ですよ」と話していました。今はチームメートになっている2人ですが、一流の選手同士、対戦相手でありながら、お互いの力をリスペクトし合っていることを強く感じ、双方の言葉に感動しました。