2016年12月4日、シンプルなタキシードを着たフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグは、妻のプリシラ・チャンと並び満面の笑みを浮かべていた。
米シリコンバレー、NASA(米航空宇宙局)の施設内で開かれた「ブレイクスルー・アワード」。ザッカーバーグ夫妻らの呼びかけで2014年に始まったこのイベントは、基礎物理学、生命科学、数学の三部門があり、毎年、各賞に300万ドル(約3億4000万円)が贈られる。ザッカーバーグ夫妻やグーグル創業者ら、シリコンバレーの起業家たちが「100億円ずつ出し合って基金を作った」(関係者)という。
ザッカーバーグは、32歳にして推定資産175億ドル(約2兆円)という世界最年少の億万長者だ。
高校生の頃からマイクロソフトが関心を示すようなソフトウェアを書いていたが、高邁な理想があって起業したわけではない。彼が学生時代に立ち上げた「フェイスマッシュ」は、ハーバード大のコンピューターのセキュリティーを破って手に入れた女子学生の顔写真を男子学生が見比べて、勝ち抜け投票するサイトだった。ザッカーバーグはプライバシーや知的財産に関する規則違反で保護観察処分にされた。
それでも懲りないザッカーバーグは、ハーバード大の学生同士が交流するためのソーシャルネットワーク「ザ・フェイスブック」を開発。学内で評判になると、全米の大学にサービスを広げた。学生が卒業して社会人になると、フェイスブックは金融機関や大企業で働く若手エリート必須の交流ツールになり、雪だるま式に利用者が増えていった。現在は世界に約十七億人のユーザーがいる。
2004年に1000ドルで立ち上げた会社の株式時価総額は、今や3660億ドル(約41兆円)でジェネラル・エレクトリック(GE)を抜いた。その十数年間にザッカーバーグが血の滲むような努力をしたかと言えば、そうでもない。
設計図を引き、金型を起こし、巨大な工場を建て、何千人もの労働者を集める。そんな20世紀型の努力を一切しなくても、キーボードを叩いて「クールなサイト」を立ち上げるだけで17億人のユーザーが付いてくる。それがインターネットの威力である。
『The Accidental Billionaires(偶然が生んだ億万長者たち)』(ベン・メズリック著)。2009年に出版され、翌年映画化されたノンフィクション作品は、極端に知能指数の高い「子供」がインターネットというおもちゃを使って億万長者にのし上がる様を克明に描いている。「クールかクールでないか」「勝つか負けるか」。やたらと早口で情緒不安定な「子供」がゲーム感覚でプログラムを書き、何千億円という金を稼ぎ出す。この本が出版された頃のザッカーバーグは、そんな子供の代表だった。
しかし人並み外れた頭脳を持つ彼は、人並み外れたスピードで成長もする。
〈昨日の夜はマックス(1歳になるザッカーバーグの娘)にとって初めての大統領選だった。マックスを抱きかかえながら、僕は、僕がこの子たちに残したい世界を作るために、これからやるべきことを考えた〉
〈マックスたちの時代には、すべての病気が治療でき、教育が改善され、世界のみんなが繋がって誰にでも等しくチャンスが与えられる、そんな世界であってほしい〉
大統領選で「トランプ勝利」が決まった次の日、ザッカーバーグがツイッターに書いたコメントに、44万人が「いいね」を押した。石油企業などに近く、西海岸のネット企業に冷たいトランプ政権の誕生にシリコンバレーは戦々恐々だが、ザッカーバーグは超然としている。
成長のきっかけは2012年の結婚とされる。中国系アメリカ人のプリシラは医学博士。結婚とほぼ同時にフェイスブックを上場して巨万の富を得たザッカーバーグは、ビル・ゲイツらとともに資産の半分以上を生前または死後、慈善事業に寄付する「ギビング・プレッジ」の誓約をしている。
ザッカーバーグは同じ「ハーバード中退」のビル・ゲイツに擬せられることが多いが、慈善活動に没頭する還暦越えのゲイツとすでに同じ境地に達している早熟の天才は、これからどこへ向かうのか。ひょっとしたら数十年後のこの時期、ワシントンの議事堂前で聖書の上に手を置いているかもしれない。
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