笑顔からの豹変「なんなのよ、あんた!」
何度も断わったが、しつこく粘る。15分から20分が過ぎ、押し問答のようになってくると、満面の笑みだった相手の顔が、次第に強こわ張ばってきた。
「なんなのよ、あんた! もう少し下げたら買ってあげる、って言ってるのよ!」
大声になったのは突然だった。
「あんたみたいな従業員は、初めてだわ」
そう怒鳴ると、おもむろに、手にしたカーディガンのチェックを始めた。そして、商品としては許容範囲内の糸のほつれを無理やり見つけ出すと、こう叫んだという。
「ほら、これ不良品じゃないの! この店は、こんな不良品売ってるの? 検品もまともに出来てないの?」
明らかに、周りの客に聞こえることを狙った大声だった。加藤さんは、
「お客様から不良品と指摘された以上、こちらとしては販売出来ませんから」
と伝え、相手からカーディガンを受け取ろうと手を差し出した。途端、その手はパーンと弾かれた。加藤さんはさすがにムッとしてしまい、
「暴力は止めていただけませんか」
と咎めた。
「あなたが、私に汚い手で触ろうとするからでしょう!」
「防犯カメラに写ってますよ」
「治療費でも慰謝料でも、なんでも請求しなさいよ!」
客の激高は、さらにエスカレートした。加藤さんも驚いたが、遠巻きにしていたほかの客たちもみなびっくりしていたという。
収拾がつかなくなり、売り場責任者である上司が出てきた。とにかくお詫びを重ね、ひたすらなだめて頭を下げた。相手は、
「お宅も、こんな不良社員を教育するのは苦労しますね。まったく!」
などと毒づいたが、上司がお詫びに出てきたことで、少し気が静まったようだった。
その場はひとまず収まり、問題のカーディガンは取り置き扱いにして、その女性客は帰った。しかし後日「やっぱり要らない」と、キャンセルの連絡が入ったという。