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2019/09/08

「松本を抜くコメディアンは出てこない」

『週刊朝日』での松本の連載コラムは「オフオフ・ダウンタウン」というタイトルで1993年7月にスタートし、丸2年続いた。この間、1994年9月に『遺書』と題して単行本化され、200万部を超える大ベストセラーとなる。翌1995年の連載終了後には続編として『松本』も刊行。1997年には2冊を合わせて『「松本」の「遺書」』のタイトルで文庫化されている。

『遺書』の刊行からちょうど四半世紀が経つ。せっかくなので、この機会に読み返してみようと思い、文庫版を購入した。筆者が入手したのは古本ではなく新刊で、奥付には2017年12月30日に第18刷発行とあった。

 本を開けば、第1回からいきなり《ダウンタウンは、ほんとうにすごい二人なのである。とくに松本は今世紀最大の天才で、おそらくこの男を、笑いで抜くコメディアンは出てこないであろう》といった一文が出てくる。いまの若者が読めば、なぜこんなにエラそうなんだ? と思うかもしれないが、リアルタイムでこれを読んでいた者(たとえば筆者のような地方の高校生など)には、あのころの松本人志にそう言われたら納得せざるをえなかった。それほどまでに当時の松本の勢いはすさまじかった。

『ガキ使』は1989年に、『ごっつええ感じ』は1991年にスタート ©文藝春秋

『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)や『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)といったコンビ名を冠したテレビ番組から次々と新たなコントや企画を生み出すとともに、1994年には入場料1万円のお笑いライブ「寸止め海峡(仮題)」を開催するなど、コンビ外でも活動するようになった。ただし、同じコンビ外での活動でも、相方の浜田雅功がドラマや司会などにも仕事を広げていったのに対し、松本はあくまで《笑い一本で勝負していきたいものである》と、連載コラムの第1回にも書いていた。

「結婚はありえない」

 松本のコラムには、いま読むと予見めいた記述もある。たとえば、第一線で活躍するコメディアンを集めて、それぞれのネタで正々堂々と勝負してみてはどうかという提案は、まさにその後、M-1グランプリやキングオブコントなどの大会という形で実現している。また漫才やコントなどスタイルの違いを考慮して、《大喜利という手もある》としているのは、現在、松本がチェアマンを務める『IPPONグランプリ』(フジテレビ)につながってくる。