「ブラックピルを飲む」とは?
弄ばれたピーターソンは完全にインセルの世界に入ったという。彼らは自分がインセルだと自覚することを、「ブラックピルを飲む」と呼ぶ。もともとアンチ・フェミニズムの男たちが「レッドピルを飲む」という言葉を使っていた。映画『マトリックス』で、赤いピル(錠剤)を飲むと、この世は現実ではなく、コンピュータに作られたヴァーチャル・リアリティにすぎないという本当の現実が見えるように、男女平等は嘘で、男尊女卑こそ真実だと「目覚める」ことを赤いピルを飲むと表現した(バカか)。で、ブラックピルを飲むとは、進化論的な競争と自然淘汰において容姿や経済力に劣る自分には女性と幸福になる可能性はないという事実を受け入れることを意味するのだという。
なぜインセルはモテないのか?
でも、ピーターソンは心の優しい少年だった。自分を捨てた彼女のことも恨んでないという。
「僕に興味を持ってくれた唯一の人だし、何もないよりはいいから」
彼は堂々とテレビ出演してインセルに対する世間の誤解と闘い、ネットでは女性への憎しみを撒き散らす他のインセルを「それでは嫌われるばかりだ」となだめた。だが、ある日突然、掲示板にアクセスできなくなった。「綺麗ごとばかり言うウザい奴」と嫌われていたらしい。
そしてピーターソンはYouTubeでインセル脱退宣言をした。彼は取材を受けるうちに自分のコミュニケーション能力に自信を持つようになった。外に出て世間の中に入り、女性ともデートしてみると語った。
「インセルの仲間たち、ありがとう。僕にとって初めての友だちだった」
そのYouTubeには「インセルを裏切ったな」「どうせまた傷ついてインセルに戻ってくるさ」などのコメントがついているが、「あなたの顔、全然ブサイクじゃないと思います」という女性の投稿もある。
実際、けっこうイイ男なのだ。トロントで10人殺した犯人も、カリフォルニアで6人殺した犯人も実はブサイクではない。何が彼らにそう思わせたのか?
[初出 週刊文春2018年6月28日号]
第2弾「「全裸ライド」は9月23日月曜日に公開されます。