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都内でデモも計画されていた

 ストライキ中の従業員に給与を支払うために、加藤氏は自費で準備した1500万円を組合に供託していたが、その資金が底を尽きてしまうのが9月20日あたりだった。さらに、21日からの三連休には、膠着した状況を打開しようと、東北道を管轄するNEXCO東日本本社(東京)前でのデモも計画されていた。実際に、従業員たちはデモで使う手作りのタスキやチラシ、ノボリまで用意していた。そんな追い詰められた状況に届いた朗報だった。

 ストライキ終結の経緯について、加藤氏が説明する。
 
「ストライキ開始後、佐野SAの現場を取り仕切っていたのは、預託オーナー商法で社会問題となった企業の関係業者でした。その業者がサービスエリアのスタッフを募集していた。社会問題になった業者に、私たちの職場を“占拠”されたのです。彼らの豊富な資金力で持久戦に持ち込まれ、勝ち目はなくなりかけました。

 そこまで追い込まれましたが、最後まで訴え続けたのが、サービスエリアを監督するネクセリア東日本とケイセイ・フーズが取り交わした契約にある、『再委託禁止』という項目についてです。『今回の募集はこの項目に抵触する』と、私は訴えてきました。(※ネクセリア東日本は東北道を管理・運営するNEXCO東日本のグループ会社でケイセイ・フーズに対して店舗を貸与している)

 すると、関係者を通じて経営側から『岸社長ら現経営陣が退陣し、新たな社長となる。9月22日に戻ってきてほしい』という連絡を9月17日に受けました。にわかには信じられませんでしたが、実際に戻ることができた。これがおおよその経緯です」

会社側が再開した時期の佐野サービスエリア(9月16日撮影)。現在は引き継ぎ作業が進む ©文藝春秋

 この動きを受けて、従業員の一部は、9月22日の本格的な復帰に向けた準備のため、その4日前の18日深夜、久し振りに職場の佐野SAへ戻った。

 売店、ホール、厨房、軽食の各部門のリーダーたちは、実に35日ぶりに職場に立って、現場の状況を確認。復帰することになる連休中に必要な商品、食材の発注を済ませ、さらには10月からの消費増税の対応などを話し合った。