文春オンライン

トランプより女優の出家 「平和な日本」を担った首相の訪米

プロの偽善者に拍手

2017/02/16
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 安倍晋三首相が訪米してトランプ大統領との旅程が終わった翌日、朝のテレビに出させていただく機会があったのですよ。日米首脳会談、それも首相だけでなく、麻生太郎副首相はペンス副大統領と、また岸田文雄外相はティラーソン国務長官と会談したってことで、ほぼマンツーマンディフェンスのような大掛かりな外交だったもんで、てっきりトップニュースなのかなと思ってたんですよね。

 で、蓋を開けてみたらトップニュースが女優・清水富美加の芸能界引退とまさかの幸福の科学への出家話。次いで無断で線路に侵入し書類送検された松本伊代さんと早見優さんの謝罪の話、芦田愛菜が高偏差値中学に猛勉強で合格した中学受験成功話で、安倍首相の訪米がなんと4番目のニュース。

 最初、本当にこれでいいのかと悩むわけですよ。もちろん、番組の構成上「こうなのだ」と言われれば「そうですね」と申し上げる立場ですが、これって大事なニュースのように思うんですけれども。ただ、報じられる映像を観ますと「ああなるほど」と感じたのは、単純にとてもうまくいった外交だからでした。何というか、文句のつけようがない。何ゴルフしてるんだとか、距離が近すぎるとか、トランプ流の握手はマウントじゃないかとか、安倍首相が帰国後のトランプ公式ツイッターに「L」という文字があってこれは“Loser”(負け犬)って意味じゃないのかとか、そういう言いがかりぐらいしか思いつかないわけです。

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例のトランプのツイッター

 これが「トランプ大統領、安倍首相の訪米を一蹴」とか「シンゾーアベ、お前はクビだ」なんて事態になれば、むしろ「女優の出家」なんて吹っ飛ぶ話です。外交なんて国益を大事にしつつ相手との友好を演じるという、ある種の「偽善」や「駆け引き」を駆使しなければならない。そして、日本の最大の国益は平和であることですから、平和にトランプ大統領とゴルフをした安倍首相、なんてニュースがトップに来ないのも仕方がないのだろうな、と。平和を守るために営業スマイルを保ち、偽善的にふるまうことのできる指導者は大事だと、心から感じます。ここでトランプ大統領にうっかり「日米は対等な関係だと認めろ」とか言ってしまう指導者を戴いていなくて良かったです。マジ切れして「帰れ」とか言われそう。

 そりゃあ政治を取り扱うのに、視聴者の混乱や悲しみや怒りが伴わない「うまくいっているネタ」は数字が取れないのだろうなあ、面白くはないものなあ。そして、朝の時間帯の情報バラエティはだいたい同じような構成であったことが分かって、これが平和な国日本のニュースの特徴なのか、と改めて感じたわけであります。

なんですかこのBL紛いのラブラブぶりは

 もちろん、外交面でいろいろな情勢分析が進んで、日米関係がどう進展しそうかということは注目の的になっております。繰り返し報じられている通り、今回の安倍首相は政治的な経験の乏しいトランプ大統領としっかり関係を築き、日米の信頼関係を強くアピールする、というニーズは見事に達成されました。尖閣諸島への協調も言葉上はしっかりと取り付け、訪米日程中にまるで祝砲のような北朝鮮からのミサイル発射で安倍首相の単独記者会見のはずがトランプ大統領も横に立って強いメッセージを与えようとするなど、なんですかこのBL紛いのラブラブぶりは、とまで感じるものでした。

©getty

 最初は狂人を演じて着地点を有利に進めたい「マッドマン・セオリー」ではないかとか、言葉を二転三転翻す外交話法に過ぎないなどの言説も多数ある中で、絶対値としての日米関係はまあとても良好な出だしということで良かったのではないでしょうか。意気揚々と現地に乗り込んでみたらトランプさんの機嫌が悪くて「帰れ」ぐらいのことを言われるハプニングも予想していたのですが、あのニッコニコのトランプ大統領を見て「なんだこの人…」と逆に恐怖さえも感じるんですけど。

 ただ、絶対値としての日米関係がトップレベルでどうやら相性抜群だという話とは別に、理念よりも国益を追求してくるであろうトランプ政権の細やかな現場の要求に対しどこまで日本が応えられるのかはこれからのことではないかと思います。