ねえ、このまま本当に終わってしまうの?
私は自他共に認めるすぐ泣くラジオパーソナリティーだ。引退セレモニーでは毎回、ティッシュの箱をマイクの横に置きながら放送している。ラジオなのでみっともない姿がリスナーに見えることはないのでありがたい。たくさん使うからそのティッシュは鼻にやさしいソフトタイプにすることも忘れない。今回だってきちんと用意していた。どれだけ泣くんだろうと自分で思っていた。どこでスイッチ入るんだ?と、自分にその時がいつ来てもいいように構えながら放送を続けていた。
引退セレモニーが始まって、賢介選手自身の挨拶。そうか、これからも北海道に住んでくれるのか、嬉しいな。
花束贈呈。中島選手、鶴岡選手、、渡す方がこんなに泣いてるのって珍しい。金子誠コーチ……そうだ、この厳しいショートの職人に賢介選手は認められたセカンドだった。
場内一周……の途中で、岩本勉さん、稲葉篤紀さん、建山義紀さん、稲田直人さん、森本稀哲さんから花束。いまはスーツ姿でお仕事をするこの皆さんは賢介選手と一緒にグラウンドを駆け回った仲間たちだ。最後は6人で肩を抱き合って、何を話したんだろう。
鳴り響く賢介コールと応援歌。胴上げ。一連のセレモニーを私は放送席のHBC・川畑恒一アナウンサーとグランドレベルの建山さんと繋いでスタジオから中継した。その間中、ずっと落ち着かなかった。
ねえ、本当にやめてしまうの? これが終わったら本当に引退になってしまう。だって、まだ出来るのに。今日もタイムリーが出たのに。マルチなのに。ほら、だって、日本通算1500本安打にあと1本足りないのに。ねえ、このまま本当に終わってしまうの?
スタジオでセレモニーを伝えながら、私の心の中はこんな風にずっと波立っていた。だからあんなに心配していた涙は出なかった。ただただ、駄々をこねていた。
そして私はまだ賢介選手に駄々をこねている、諦めの悪さに自分でも驚いている。プレーバックの映像を見ては、雑誌を読んでは、過去の記事をまた引っ張り出しては、まだやってほしいのにと心の中でつぶやいて口をとがらせている。同じ年の鶴岡選手がオフは返上で練習、なんて話を聞けばなおさらで、どうして、どうしてとまだ思っている。
だけど。コップにはもう水がいっぱいなのも感じている。溢れるのはもう時間の問題だ。こらえた分だけ、駄々をこねた分だけ、これはずいぶんと厄介なものになりそうだ。私史上最大の「ロス」、まもなく到来。
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