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“ミスターレオ”栗山巧はライオンズのどこが好きなのか? 僕はその答えを探すのを止めた。

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

「ライオンズのどこが好きなんですか?」

 もしもひとつだけ栗山巧に問うならば、そう聞きたいと思ってきました。相思相愛の関係、ライオンズと栗山巧とは確かに「愛」で結ばれています。この人の愛は本物だ。金や環境では決してひっくり返ることがない、永久不変の第1位だ。そう感じています。信じています。もしもこれが嘘だと言うなら、もうそれでもいいとさえ思います。栗山巧を疑うくらいなら、ダマされたほうがよっぽどマシです。

 ただ、愛されているのはわかるけれど、「どこが?」とは思うのです。みんなが「即座に」出て行く選択をするような球団の「どこが?」という疑問は常に心にありました。栗山さんはライオンズ愛について問われると「全部です。全部好き」と答えるような人なので、余計に不思議だったのです。全部好きなわけないでしょう、と。金払いは渋いし、設備は古いし、虫がいっぱいだし、隙間風吹く雨降りドームですよ、と。どこかに特別な理由があるでしょうよ、と。

僕らが栗山巧を好きな理由は、それはもう書ききれないほどあるが……。ミスターレオだし……。

 2001年ドラフト4巡目での入団以来、ライオンズ一筋18年。2019年シーズンには、これまで石毛宏典さんがもっていた球団通算安打記録1806本を更新し、栗山巧さんは名実の「実」においても紛うことなきミスターレオとなりました。埼玉西武ライオンズ公式サイトの「2019スタジアムガイド」コーナーにおいても「ミスターレオ」と書いてありますので、異論を挟む余地はもはやないものと思います。

8月31日のソフトバンク戦で球団最多安打記録を達成した栗山巧

 選手の流出相次ぐライオンズとは言え、「ミスター」にふさわしい選手がほかにもいないわけではありません。西口文也さん、中村剛也さんといったライオンズ一筋の名選手もいます。現在は2軍監督となっている松井稼頭央さんももちろんミスター的なる選手です。しかし、それら名選手の存在を念頭においてもなお、栗山さんにこそ「ミスターレオ」の称号は似つかわしい。

 2016年オフ、保持していた海外FA権を、残留を表明したうえで行使した栗山さん。それは西武球団にとって初めてのケースでした。「権利を持っているだけで不安にさせるかもしれない」「選択肢を断つことが、これからもライオンズのユニフォームを着て野球をやりたいという意志表示になる」と、権利を「消す」ために行使したあの姿。あの瞬間、僕のなかでのミスターレオ栗山巧は揺るぎなきものとなりました。

 愛を語るのは簡単であるけれど、それを証明するのはとても難しいこと。栗山さんにとって自身のライオンズ愛は説明不要なことだったはずです。自分でわかっているし、いつもそう言っているし、見れば大体わかるだろう、と。しかし、ファンは不安を抱いていました。「ライオンズが好きですか?」と。いつも、誰に対しても、「本当に?」と怯えていました。あまりにも別れが多すぎたから。

 だから、権利を消した。未来はわからないにせよ、自分から出て行くことは絶対にないと行動で示した。栗山さんにとってはどちらでもよかったのでしょう。権利があろうがなかろうが。でも、ファンのために消したのです。抱きしめられたような気持ちになりました。栗山さんが実際に消したものは「権利」だけれど、本当に消したかったものは「不安」だった。消えていきました。「本当は誰もライオンズのことを好きじゃないんじゃないのか?」という積み重なった澱のような不安が。

<なお、中村剛也さんは「所持しているのもめんどくさい」という表現でFA権を行使して残留>

言い方! 言い方! 内容は一緒でも言い方でミスター感が薄まってる!

ライオンズにとって栗山巧は「骨」だし……。「ここぞ」の男だし……。

 栗山巧はライオンズの「骨」です。これはファンの間で知られる二つ名のようなもの。2017年に西武球団が制作した選手ポスターにおいて、栗山巧さんと中村剛也さんの同期コンビのキャッチコピーとしてつけられた「真獅子の、骨と牙。」に由来するものです。

 どちらが骨でどちらが牙だとはポスターには書かれていません。ただ、すぐにわかりました。栗山さんが「骨」であることが。「肉と牙」なら「中村剛也が肉だよな絶対」とわかる感じで、栗山さんが「骨」だということは、もとからそう思っていたことかのように心に染みわたりました。

 決して目立つ選手ではありません。ひとりの選手を採り上げて書くことがテンプレート化しているこの文春野球コラムにおいてさえも、西武球団の過去記事に「栗山巧」個人をテーマとしたものはありません。延べ3年も運営している企画で、誰ひとり「栗山巧」をテーマに書いてこなかった……スポットライトを浴びるタイミングがなかなかない選手です。

 獲得タイトル、最多安打1回(2008年)。主な表彰、ベストナイン3回(2008年、2010年、2011年)、ゴールデングラブ賞1回(2010年)。オールスターゲーム出場1回(2016年)。日本代表選出歴ナシ。一流ではあるけれど、超一流の華々しさはありません。よく言えば「いぶし銀」、悪く言えば「地味」、そんな選手。

 ただ、栗山巧はいつもそこにいます。そして、肉が切り裂かれたとき初めて骨が露出するように、ライオンズが苦しいときにこそ存在感を発揮します。流出相次ぐ2010年代にはライオンズ愛を強く示して踏み留まるキャプテン、そして選手会長として。故障と疲労がチームに見えるシーズン終盤には、不思議と調子を上げてくるタフガイとして。時代とともに役割を変えながら、1番から9番まですべての打順でヒットを打ってきた、隙間を埋める巧打者として。

 バントが必要だと言われればそれをこなし、代打の切り札が欲しいと言われれば一打席に懸け、強打が必要だと言われればそれを放つ。縁の下に潜み、苦しいときにふと浮き上がってくるような存在。かつて女子サッカーの澤穂希さんは「苦しいときは私の背中を見なさい」と言いましたが、ライオンズが苦しいときは栗山巧を見るのです。太く、折れない「骨」を。肉のなかから現れ、まだ大丈夫だ、栗山がいると思わせてくれる「骨」を。

 2017年8月17日、炎獅子ユニフォームをまとい破竹の大連勝で追い上げた終盤戦。炎獅子の最後を飾った栗山巧の代打サヨナラスリーランは、このチームは何かを起こせるんじゃないかと予感させました。2018年9月17日、10年ぶりの優勝へとひた走る西武がソフトバンクを迎えての直接対決3連戦。初回に飛び出した栗山巧の先制満塁ホームランは、「マジック11」を点灯させる大仕事でした。2019年8月17日、2位に浮上したもののまだ下だけを見て戦っていた時分のソフトバンク戦。難敵・千賀滉大に「1イニング9得点」の猛攻を仕掛けたあの試合、トドメを刺した栗山巧のスリーランは、これが首位攻防戦であること、ソフトバンクは倒せる相手であることを再認識させるものでした。

「ミラクルは起こせる」

「俺たちは強い」

「戦いはこれからだ」

 通算本塁打101本。決して本数は多くない、けれど「ここぞ」で飛び出す一撃。

 栗山巧の一撃は、それ自体が檄となって響き、ライオンズを鼓舞し、奮い立たせる。そんなチカラを持って、そんな場面で放たれるのだと僕は感じています。誰を抑え、誰を打ち込もうが、栗山巧の「ここぞ」の一撃を止めない限り、このチームは折れないぞと。栗山巧の一撃が「ここぞ」と号令を掛け、無限の勇気を生み出すのだぞと。

<本塁打王6回、打点王4回の日本最強打者・中村剛也さんをして、「ここぞのバッティング」を見てほしいと言わしめる栗山さん>

 そう! そうなんだよ! 「ここぞ」で打つんだよ、栗山巧は! さすが肉……じゃなくて牙、わかってるな!