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ショートスターター方式で綴る、ファイターズ・上沢直之への思い

文春野球コラム 日本シリーズ2019

 人差し指で左ひざをまっすぐ縦になぞってみる。これがいま上沢投手にある傷。6月18日の横浜スタジアム、ベイスターズ戦。ソト選手の強い打球がマウンドの上沢投手の膝を直撃した。今年の上沢投手について書くのは私にはとても苦しい。

「がんばって、がんばって、がんばって」

 ラジオで話すという仕事に就いて、意識してあまり言い過ぎないようにしている言葉がある。がんばって、というフレーズ。

「入院しています、明日手術です」
「受験生です」
「資格のテストが迫っています」
「大きな大会があります」

 このメッセージをくれた人はもう既に「がんばって」いるのだから、かける言葉を何か他の言い方に変えられないだろうかとまず考える。スポーツ番組を担当するようになって、「がんばって」いる人の姿がより身近になったことによって、更に気を付けるようになった。選手に対して自分の言葉として積極的に使うことはなるべく避けている。

 だけど、あの日。私は喉の奥でずっと「がんばって、がんばって」と繰り返していた。屈みこむ姿を見て、最初は膝なのか脛なのか右なのか左なのか、そもそもどうして今そこに上沢投手がうずくまっているのかと混乱するくらいだった。後で思えばあれは「声を失う」ということで、ひたすらモニターを見つめていた。こんなことが起こるんだ。こんなにも努力している人にこんなことが起こるんだ。肘の手術を乗り越えて、初の開幕投手を務めて、これから真のエースへと駆け上がろうとしている人に、こんなことが起こるんだ。

 立つことが出来ない上沢投手の為に担架が運ばれてくる。「がんばって、がんばって、がんばって」、言葉を選ぶ余裕など何もなくただただ同じ言葉を唱えた。

 ひざのお皿は膝蓋骨、シツガイコツと呼ぶ。上沢投手の膝蓋骨はきれいに割れていた。早くも6月にして今季の復帰は絶望的となった。あの時を思い返すだけで苦しいけれどリハビリ中の上沢投手は、膝にサポート器具を付けながら札幌ドームの最後の試合にも顔を見せてくれた。肘の手術を経験している彼は、けがを治すその行程も気持ちの保ち方もよく知っていた。

 野球の神様はこの怪我で彼に何を授けたのだろう。自分の左ひざを手のひらですっぽり包みながら、来シーズンに思いを馳せる。

(※ライター、斉藤こずゑに代わりまして、えのきどいちろう)

左膝蓋骨を骨折した上沢直之 ©文藝春秋

ひとつの夢が花を咲かせ、実を結ぶとき、もうひとつの夢が壊れているのだ

 10月7日、セ・リーグCSファーストステージ第3戦・DeNA×阪神。雨降りしきるハマスタに僕はいた。前の週、集英社の昔なじみの編集者から「第3戦、入れそうだけど行きますか?」と連絡が入り、飛びついたのだ。その時点で第3戦が行われるかどうかまだわからない。どちらか一方が連勝したら第3戦は飛ぶ。それでも見たかった。ハマスタは今年の交流戦以来だ。

 僕はひちょりの縁で山崎康晃を小学生の頃から知っている。ひちょりの実家が経営していた「焼肉 絵理花」に僕は常連客として、康晃少年は近所の子どもとして出入りしていた。少年はひちょりの背中を追いかけて、帝京高校で野球を続けることになる。そして、今、プロ野球のスーパースターになってからも変わらぬ態度で僕に接してくれる。もちろん、そうなると僕も気をつかってあんまり馴れ馴れしくできない。だけど、応援したいじゃないか。こういうぜんぜん関係ないルートでチケットが手に入るのはありがたい。

 ハマスタは普段から本当にチケット争奪戦が凄まじい球場で、交流戦のときはレフトスタンドの立ち見だった。ベイスターズ初のCSハマスタ開催ともなれば尚のことだ。熱心なファンに申し訳ないなぁと思う一方、僕にはベイスターズにもう一人、応援しなきゃならない選手がいた。ファイターズファンならピンと来るだろう。ハマスタで上沢直之の左膝蓋骨を砕いた男、ソトだ。

 あれは悪夢だった。6月18日、DeNA1回戦。6回裏の攻撃でソトの放った打球が上沢の左ヒザの皿を直撃した。上沢はヒザを抱えてあおむけに倒れ、苦悶の表情を浮かべていた。あんな激痛に耐える姿は野球であまり見かけない。そのままタンカで運び出され、救急車で病院搬送だ。今シーズンの開幕投手だよ。故障が癒えて、やっと本格化した右腕だ。エースの称号を手にするところだった。

 もちろんファイターズファンにはソト選手に含むところはない。あれは不可抗力だ。不幸な偶然だ。考えるとしたら防具もつけずに打者の至近距離に身をさらしているピッチャーを守る方法はないかだ。

 が、上沢本人はファン以上にソト選手を気づかっていた。左ヒザの整復手術を終えた翌日、自身のツイッターでこう発信したのだ。

「今回のことはプレー中に起きたことですし、ピッチャーをやっている以上仕方のないことだと思います。ソト選手の打球は速すぎて見えませんでした笑」
「それはソト選手が素晴らしい打者であると同時にそのような打者と対戦できることはピッチャーとして幸せです!」

 僕はこれを(本心から)発信できる上沢を尊敬する。ひいき目を差っ引いても最高の男だろう。で、ソトには活躍してもらいたいと思った。上沢はシーズンアウトなのだ。プロ野球は夢の交差点じゃないか。ホームランを打ったバッターがいれば打たれたピッチャーがいる。6-4-3のダブルプレーが決まる背景にはチャンスをフイにしたスラッガーがいる。ひとつの夢が花を咲かせ、実を結ぶとき、もうひとつの夢が壊れているのだ。それは仕方がない。僕は(上沢がああ言うんだから)ソト選手に花を咲かせてほしいと願った。