野球における投手と捕手の組み合わせも、電池も「バッテリー」と呼ばれる。投手と捕手の間を行き来するのはボールだが、電池ではプラス極とマイナス極の間をイオンが行き来する。
簡単に言えば、リチウムイオンをキャッチボールするのがリチウムイオン電池だ。リチウムイオンは打ちやすく飛びやすい“ボール”なので、それで野球が可能だと提唱したのがマイケル・スタンリー・ウィッティンガム米ニューヨーク州立大学卓越教授、優れた投手を見つけたのが米テキサス大学教授、そして安定感のある捕手を見つけてキャッチボールを成立させたのが吉野彰旭化成名誉フェローである。
スウェーデン王立科学アカデミーは9日、この3人に2019年のノーベル化学賞を授与すると発表した。
テクノロジー社会を根底から支える土台を築いた
筆者は2年前の2017年6月にジャーナリストの立花隆氏と共に吉野氏を取材した。旭化成が日比谷に本社を戻す前、神田神保町に仮住まいしていた頃である。
当時すでに吉野氏のノーベル賞受賞は時間の問題と見られていた。私も何度か日本人のノーベル賞受賞予測記事を書いたことがある。しかし、吉野氏を候補から外したことはない。
私は幸運にもノーベル賞候補と言われる何人かに取材した経験があるので、「大物」研究者には慣れているつもりだ。「大物」とされていても、実際に会うと、気さくでユーモアにあふれ、偉ぶらない人が多いことも知っている。
しかし、吉野氏との初対面には緊張した。何しろ周囲を見わたせば、ありとあらゆるところで吉野氏の発明品が目に入るのだ。現代テクノロジー社会を根底から支える土台を築いた人である。ある種の全能感を持っていたとしても何らおかしくない、非常に稀有な立場にある人である。