2つの判決の間をどう読んだらよいのか。

 10月15日、東京都目黒区で2018年3月、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が虐待死した事件で、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の雄大被告(34歳)に対し、東京地裁(守下実裁判長)は懲役13年の実刑判決を下した。

 速報に接した際、私は「軽い」と感じた。なぜならもう1つの判決――同じく保護責任者遺棄致死罪に問われた妻の優里被告(27歳)の量刑が懲役8年だったのと比べると、差がたったの5年に止まったからだ。「2倍ぐらいにはならないのか」と。

ADVERTISEMENT

 雄大被告への判決は「優里被告が病院に連れて行くことを提案しても受け入れず、主導的で最も重要な役割を果たした」と認めた。にもかかわらず、この量刑判断は正しいのだろうか、と感じたのは私だけではないだろう。

船戸結愛ちゃんが虐待を受け、死亡したアパート ©共同通信社

優里被告へのDVを起点としていた事件

 判決によれば雄大被告は香川県にいた2016年4月、結愛ちゃんの母親である8歳年下の優里被告と結婚し、半年ほどして結愛ちゃんに度々暴行するようになった。 

優里被告 ©共同通信社

 一家で東京都に転居した18年1月下旬からは食事制限を開始。2月下旬には結愛ちゃんを全裸にして冷水をかけ、顔を多数回、手加減なく殴り、衰弱を悪化させた。2月27日ごろには異常に痩せ食事を受け付けなくなったことを認識したのに病院に連れていかず、3月2日、肺炎による敗血症で死亡させた。

 この間、優里被告は入籍以来、連日のように3時間にも及ぶ説教などを通じて雄大被告の支配下にあった。

 現在発売中の月刊「文藝春秋」11月号に掲載した拙稿「結愛ちゃん母『懺悔の肉声』」の中で私は、結愛ちゃんの「虐待死」が雄大被告による優里被告への「DV(ドメスティック・バイオレンス)」を起点とし、これを積み重ねることで、巧妙に仕向けられていったプロセスであることを示した。

 9月17日に下された優里被告への判決は「雄大からの心理的影響を強く受けていた」と認めはしたが、「強固に支配されていたとまではいえ」ないとして、大幅には責任を減じなかった。

雄大被告が「懲役13年」になった理由

 雄大被告への量刑の理由について判決はこう記している(東京新聞・16日付)。

〈検察官は「同種事件でも比類なく重い」事案と位置付け、従来の量刑傾向から踏み出した重い求刑(筆者注・18年)をした。だが同種事案の中で最も重い部類を超えた量刑とすべき根拠は見いだせず、同調できない〉

〈裁判所としては児童虐待事案に対しては(略)最も重い部類と位置付けた〉

 過去の同じような事例の最も重いものと同じだけの量刑にした、というのだ。