「初めてなのに、どこか懐かしい」リラックス感が漂う店内
「芥川賞を受賞して間もない頃に、初めて台湾を訪れました。初めてとは思えないほどリラックスしているのが自分でもわかりました。その地に降り立ったとたんに、“肌が合う”と感じる場所ってあると思うのですが、私の場合台湾がまさにそう。初めてなのに、どこか懐かしく感じたんです。
誠品書店にも、この最初の訪問のときから訪れています。台北の敦南店に行ったんですが、24時間営業なんですよ。その近くのホテルに滞在していて、訪れたのは夜中の1時ぐらいだったと思います。台湾はスクーター文化で、ここにも若い人たちがスクーターでやってきて、雑誌や文芸書を床に座り込んで読んでいました。その光景を見ていっぺんで好きになりましたね」
と、台湾と誠品書店とのなれそめを語る。彼の地でもサイン会を開催しており、台北101という101階建ての話題の高層ビルに隣接する信義店での模様が、トークする背後のスクリーンに映し出されていた。
「台湾をはじめ、ソウルや上海などでもサイン会を行っていますが、日本の読者との違いはあまり感じません。かつて作家の河野多恵子さんと――彼女のことは大好きなのですが――、対談させてもらったときに、“吉田さん、作家というのは自分と近い種族の人を見つけられる、すごく良い職業なのよ”と話してらっしゃったんです。“精神的種族”とおっしゃっていたかな、そういう人に出会える機会があると。そういう観点からいうと、台北もソウルも日本との違いを感じることはほとんどありません」
吉田修一が言うように、作家の好みが同じであるというのは、言語は違えど感性や感覚は近しいものがあるはずだ。また同時に、同じ書店に魅力を感じる、という人たちも国境を越えて通じ合うところがあるのではないだろうか。日本橋に誕生した誠品書店は腰の高さに平置きの台がズラリ、と並び、そこに置かれた本は眺めやすく手にも取りやすい。棚もほとんどが手を伸ばして届く高さにまとめられていて、人と本のふれあいを実に自然にしてくれる。昨今ライフスタイルにベクトルを向けた書店が増えている。台湾で生まれた誠品生活はそれをリードする存在といえるが、その中核を担う誠品書店は本と人に対して実にストレスフリーな構成。書店の本筋をしっかりと捉えている。