2027年には中国を抜き、世界最大の人口を有する大国となる「アジアの巨象」インド。2028年までには、経済規模で日本とドイツを追い抜き、世界3位の経済大国になるという予測もある。(メガバンクHSBCの調査)この劇的な成長を牽引するこの劇的な成長を牽引するのは、2019年5月の総選挙で圧勝し、2期目のインド首相を務めることになったナレンドラ・モディ。NHK元ニューデリー支局長が読み解く『インドが変える世界地図』。

◆◆◆

1億個のトイレ

 モディ首相の改革は、これまでタブーとされてきた分野にも及んでいる。

ADVERTISEMENT

 1億個のトイレを作ったのがそのよい例だ。

 インドでは2017年、トイレを主題とした映画作品の公開が大きな話題となった。『Toilet - Ek Prem Katha(トイレ ある愛の物語)』というのが映画のタイトルだ。自転車屋を営みながら田舎で暮らす30代後半の男性ケーシャヴは、偶然乗り合わせた列車のトイレ待ちの列で、近くの町の女性ジャヤーに一目惚れする。やがて恋仲になった2人は結婚する。ところが嫁いだケーシャヴの家にはトイレがなく、女性たちは早朝、誘い合わせ、少し離れた野原などで用をすます。それに馴染めないジャヤーは「トイレがないなら結婚しなかった」とケーシャヴに訴える。ケーシャヴの家はトイレを造る費用ぐらい出せるのだが、父親が「穢れをもたらすトイレを家の敷地内に造るわけにはいかない」と大反対する。映画では、トイレが必要だということを周囲に理解してもらうため、二人が苦労する過程が描かれている。

©iStock.com

政権の最優先課題のひとつが「トイレ」だった

 インドでは人口13億のうち、まだ3億人が屋外で排泄を行っているという。モディ首相は、総選挙に勝利して初めて迎えた独立記念日の演説で「トイレの普及」を政権の最優先課題の一つに位置づけた。独立記念日の演説というのは、日本でいうと施政方針演説にあたるもので、政権の最重要課題と優先順位が示される。そこでモディ首相は、トイレの不足への取り組みを大きな政治課題として取り上げたのだ。

 なぜトイレを作るのか。トイレの普及は、「清潔な政治家」であるモディ首相にとって大切なイメージ戦略だ。モディ首相には汚職などの過去がなく、人気の背景には政治不信を持つ民衆からの支持がある。掃除が好きで、率先してほうきを持ち、街頭の清掃活動にも参加するモディ首相は、「クリーン・インディア」を意味するヒンディー語の標語「スワッチェ・バーラト」の掛け声のもと、トイレの普及を強く訴えてきた。一方、国連も、2013年の総会で「世界トイレの日(11月19日)」を設けることを決議している。