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音楽と小説は案外と相性がよかった。読んだ人が自由に音を鳴らせるから

――その彼と競うことになるのが、順当に来たマサルと、一回挫折を味わった亜夜と。明石さんは28歳と若いのに年齢制限ぎりぎりなのか、という驚きもありました。

恩田 そうなんですよ、どんどん低年齢化していたので、最近は年齢制限をなくそうという動きもあって、もうちょっと上でも受けられる動きになっているらしいんですけれど。あまり若年層ばかりというのはどうなのかというのがあって。でも28歳というとベテランのイメージですね。

 実は書いていて楽しかったのはマサルの師匠であり、審査員のナサニエルです。彼は一番人間臭くて、愛すべき人なので。

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――そうだったんですか。さて、とにかく圧倒されるのは、コンテスタントたちの演奏の様子を全曲描写されていることです。よくここまで音楽というものを描き分けられるものだなと思って。アクロバティックな場面があったり、詩的な雰囲気だったり。

恩田 コンクールを最初から最後まで全部書くというのをミッションにしたんです。それが面白く書ければ、自分も進歩できるのかな、というのがありまして。でも、もう、途中でなんでこんなもん書き始めたんだろうって後悔しました(笑)。どうしても演奏シーンが同じ描写になってきちゃうのでどうしようかと思ったんです。特に三次くらいになると書くことがないなとなって、ひたすら何回も聴いて聴いて聴いて、ひねり出す感じで。後ろにいけばいくほど、書くのに時間がかかっていますね。本当にこの小説が終わってよかったなと思っています(笑)。

――この人だったらこういう曲を弾くだろうというのを一曲一曲決めていったわけですよね。

恩田 考えましたね。どの曲を選ぶのかにもその人の性格とか、好みとか、何が向いているかを考えました。たとえば風間塵が最初にドビュッシーの「ツェルニー氏に倣って」をたどたどしく演奏しますよね。あれはまず、コンクールなどでは絶対にやらないような曲なんですね。だから、そういう遊び心があるというか。トリッキーなものを弾くというのは風間塵の性格ということで。エリック・サティも弾きますが、それもまずコンクールでは弾かないし。それぞれの性格が定まってからプログラムを考えるのはちょっと楽しかったですね。ちょっとだけだけど。

――耳が肥えたんじゃないですか。

恩田 それは肥えたと思います。描写のために、ここまで真剣に聴いたことはなかったので。結果的に長期連載になってしまいましたが、内容が長くなった分、長く音楽が聴けたことは結果オーライだったのかなと(笑)。

――書いていて楽しかった演奏シーンは? 弾く側の気持ちで書くのか、聴く側の気持ちで書くのか…。

恩田 亜夜が三次審査で弾くブラームスのピアノ・ソナタは集中して書けたように思いますね。でも、演奏シーンは弾く側ではなく聴く側の気持ちになって書いていました。こんなふうに弾かれたらびっくりするよね、と思いながら。

――架空の「春と修羅」という曲がありますが、これは恩田さんの頭の中ではフルで曲が出来ているのですか。

恩田 実際に浜松のコンクールでも必ず毎回日本人作曲家に委嘱して作られた新曲が課題曲になっているんです。それを参考にして、現代音楽をイメージして私の頭の中で作った曲なんです。曲全体はなんとなーく頭の中にイメージはありますけれど、譜面に書けと言われても書けません。誰か実際に曲を作ってくれないかしらと思って(笑)。

――本当ですね。全曲入ったサントラが欲しいですよ、すごく長尺になりそうですけれど。でも、音楽という言葉にならないものを文章にするのは難しくなかったですか。

恩田 書いてみると、音楽と小説って意外に相性がよかったんですよ。読んだ人がそれぞれ、頭の中で自由に音を鳴らせるじゃないですか。イメージを固定しないで、読者一人一人が頭のなかでそれぞれ違う、オリジナルの音を頭の中で鳴らせるというのは小説でなければできないし。そういう意味では小説と音楽は案外相性がいいんじゃないかと思いました。書くのは大変でしたけれど(笑)。

©佐藤亘/文藝春秋

――では文章で正確に再現するというより、読者に委ねるような気持で?

恩田 読者の頭の中で好きなように鳴らしてほしいなと思います。読んだ人の数だけ「春と修羅」もあるんだろうと思いますし。

――ひとつのコンクールについて書いてあるだけなのにここまで読ませるのもすごいと思うのですが、読者を引き込むように心がけたことはありますか。

恩田 とにかく毎回必死に書いていました。というか演奏シーンをなんとかしなくちゃいけないというので。とにかく前と違う書き方をしなくちゃ、とばかりひたすら考えていて。最終的にどこに行くというよりは、本当にライブで自分も演奏を聴いているような感じで書きました。

――では、登場人物たちの心がどのように変化していくかは。

恩田 それはもう演奏させてみて、これを聴いた人はこういう反応をするだろうなという感じで。本当にリアルタイムでライブを聴いて、みんなの反応を追っていくという感じでした。

 もともとプロットを決めて書くほうではないので、これも全然決めずに書きながら考えました。だから誰を本選に残すのか、最終的な順位もまったく決めていなくて。風間塵を三次予選で落とそうかなと思ったり、本選を書いている時ですらも順位発表しないで終わらせようかなとか考えていました。順位は最後の最後で決まったんです。最後に審査員の三枝子とナサニエルの会話がするっと出てきて、それで順位が決まったという感じです。

――私、恩田さんのことだから順位発表がないケースもありうると思いながら読んでいました。

恩田 やっぱりそれだと読者は怒るかなと思って一応順位を決めてみたんですけれど。そうしたら、最後の順位が載っているページを奥付だと思って、本を買って最初に見てしまう人が結構多くて。それは申し訳なかったなと思って。

――先に順位が分かったところで、内容の素晴らしさは変わりませんから。みんな成長し、ここから羽ばたいていくんだろうと思わせてくれるところもいいですよね。これは音楽小説であり、青春小説でもありますね。

恩田 ビルドゥングスロマンでもありますよね、ある種の。自分ではピアノコンクールを最初から最後まで書くということを意識して、エンタメ小説だという以外は特にジャンルは意識していなかったんですが。