「文藝春秋」10月号の特選記事を公開します。(初公開 2019年9月18日)
取材場所に指定されたホテルのバーに入ると、壁を背にアントニオ猪木は座っていた。お馴染みの真っ赤なマフラーを首に掛け、ネクタイも真っ赤、眼光は鋭く、前に立つと威圧感がある。76歳になり、「体もボロボロ、移動に車いすを使うことも増えた」というが、口を開けばまだまだ意気軒昂だ。
師匠・力道山の想いを受け継いで33回訪朝
「転ぶのが嫌だから、歩くときは杖を使っている。もちろん色は赤。この杖をついて歩いていると若い子から“ああ、ステッキ”って言われるんだ」
そう笑って傍らに立てかけた真っ赤なステッキに目をやる。
アントニオ猪木は今年6月末、政界引退を発表した。参議院議員を計2期務め、12年にわたる政治生活だった。
政治家アントニオ猪木のもっとも知られた活動は北朝鮮との外交だ。師匠である力道山が北朝鮮出身だったため、その想いを受け継いで関係を深めてきた。訪朝回数は実に33回。日本の国会議員としてはもちろんトップだろう。
引退するにあたって、猪木氏がこれまで北朝鮮で何を見聞きしてきたのか、北朝鮮はいったい何を考えているのか、インタビューを行った。
「拉致問題解決」安倍政権の何が問題なのか?
まず、6月に行われたトランプ大統領と金正恩委員長の歴史的な会談について。
「日本にこそ、アメリカ、北朝鮮、韓国を仲介する役割を果たしてほしかった。
今、日本の外交力は非常に弱体化している。もし安倍首相の周囲にしたたかな参謀が何人かいれば、日本も米朝の電撃会談に何らかの関与ができたはずだ。安倍首相が側近に気の合うかわいい奴ばかり寄せ集めた結果、国家のためと言いながら、実際には自分たちの権力を維持するための政治しかできなくなっているんだろうね。“絶対的権力は絶対的に腐敗する”の格言通りに」
猪木氏は北朝鮮の幹部たちと接触を繰り返してきたが、日本政府はその独自外交を無視し続けているという。「日本の外務省から私の話を聞きに来たことは一度もない。外国の外交官からのコンタクトはよくある。日本政府は私を利用すればいいのにね」と笑う。
そして、北朝鮮との最大の懸案事項である拉致問題が膠着している原因は安倍首相、日本政府の交渉態度にあると猪木氏は指摘する。