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兄との対決に抱いた複雑な思い

【第7章 若乃花との兄弟対決「運命の兄弟対決」より】

 そして、この1995年を締め括る11月場所。貴乃花と優勝を争ったのが、兄の大関・若乃花である。西横綱の曙は9日目に左太ももを痛め、翌日から休場。迎えた千秋楽、賜杯の行方は12勝2敗で並ぶ若貴兄弟のどちらかに絞られていた。貴乃花の4連覇か、若乃花の16場所ぶり2度目の優勝か─。

 結び前の一番で、若乃花が関脇・武双山に寄り切られると、会場の福岡国際センター内にはあからさまに落胆の溜め息が漏れ響いた。夢の兄弟対決はなくなったかと思いきや、結びの一番で貴乃花が大関・武蔵丸に引き落としで敗れると、今度は大興奮の歓呼がこだまする。二人がともに本割を落とした結果、角界史上初の、兄弟による優勝決定戦が実現したのである。

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 相撲ファンは大喜びしたものの、その時の胸中を貴乃花は、こう打ち明ける。

©文藝春秋

「同じ部屋ですから、通常なら兄と本場所で対戦することはありません。でも、他の部屋の力士と違い、毎日、部屋の稽古場で切磋琢磨してきた関係です。そうした日々や、敵わないと思っていた小さい頃の記憶が脳裏を過りました」

 同部屋かつ兄弟が雌雄を決する運命の一番。立ち合いから若乃花が低い姿勢で頭をつけ、土俵際まで貴乃花を押し込む。貴乃花が体勢を立て直すも、若乃花は左上手を取り、再び寄って仕掛けた。貴乃花は膝から崩れ落ちるようにして土俵に屈する。決まり手は下手投げ。瞬間最高視聴率が58.2%に達した兄弟対決は、兄の若乃花に軍配が上がったのだった。

 決定戦を終えて、二度目の優勝を手にした若乃花は、「複雑。(気持ちは)言葉では言い表せない」と語り、貴乃花も「普通にやろうと思った。でも、やりにくかった。もう(やらなくて)いいです」と、率直な言葉を残している。「(優勝がどちらかに絞られて)前夜は眠れなかった」と明かした父の二子山親方は、「最後の最後で若乃花が勝ったが、どっちでもよかった。二人に『よくがんばった』と言いたい」と労うのが精一杯だった。