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「二人が名もない花だったら……」

 破局に至る背景には、様々な要因が折り重なっていたことだろう。ひとつ言えるとすれば、純粋に惹かれ合った若い二人は、結婚というステップを前に、初めてそれぞれが背負っている宿命の大きさを突きつけられたのだ。

 宮沢にとって封建的な力士の世界に嫁ぐことは、ただちに将来のおかみ修業を意味した。ゆえに芸能界引退は規定路線だった。ましてや、相手の貴花田は相撲界の未来を担う宝だ。宮沢もその覚悟を決めているはずだった。しかし、その頃の宮沢は、仕事が途切れることのない人気真っ盛りの時期。宮沢の活動方針を巡る両家の認識の差が、ボタンの掛け違いを生じさせ、やがて親同士の間に溝を作っていく。

 貴乃花にとって両親とは、親以上に絶対的な存在の師匠とおかみ。一方の宮沢にしても、女手一つで育ててくれた「りえママ」こと母親の光子さん(故人)は、個人事務所代表でもある。宮沢をスターダムに押し上げたのは、“一卵性母子”とさえ呼ばれた、この母娘の強固な絆あってこそだった。当事者と両家の話し合いが煮詰まっていないまま婚約がスクープされ、世の祝福ムードがエスカレートしていく裏で、若い二人の恋は、大人の事情に翻弄されながら磨耗していったのだ。その果て、残されたのは無情な選択肢だけだった。

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©文藝春秋

 宮沢が再婚して幸せに暮らしている事実を知り、長年連れ添った景子元夫人とも離婚してそれぞれの人生を歩み始めた今─。貴乃花は言葉を選びながら、宮沢との過去をこう吐露する。

「お互い、子供ながらに、大人の世界の会話をしなければならなかったのは、一つの苦しみを覚える経験でした。それぞれ進むべき道が違い過ぎたわけですが、背負っているものはとても似ていました。ともに一家の柱になるべくして生まれてきて、10代からひたすらにその道を歩んできた。お互いがその喜びも孤独も理解できますし、似たような境遇に共鳴、共感したところがありました。でも、もし(宮沢が芸能界を引退して)職を捨てることになれば、その生き方ができなくなるわけです。ともに親から生まれてきた身です。二人が名もない花だったら、それぞれの本意を大切にして、花を咲かせることができたのかもしれませんけどね……」

 長い年月を経たからこそ口にできる、精一杯の告白だった。