「年をとると、人はどんなことを考えるのだろうか、という疑問が私にはありました。とくに画家は晩年、どんな思いで描いていたのかを知りたいと思い、長寿だった画家の人生を調べはじめました。私は大学や講演で、絵画の魅力についてお話をしているのですが、画家の人生と作品とを結びつけた話が好評で、生徒から、“先生のお話のような本はないですか”と訊かれることもあり、自分で書いてみようと思ったのです」
と、7月に『長寿と画家』を刊行した河原啓子さんは語る。フランシスコ・デ・ゴヤ、エドガー・ドガ、パブロ・ピカソ、熊谷守一など、長寿で晩年まで絵筆をとっていた個性的な画家たち15人が本書に登場する。最晩年と絶頂期の作品をカラー図版で並べ、その人生の後半期が論じられる。
「本書の表紙にも採ったモネの《バラの小道》は、80歳を過ぎて描かれた、白内障の手術直前の作品です。かつてのように描けない悔しい思いを抱きながらも、長い経験を武器にして描いたものです。
一方でムンクの最晩年の作品《エーケリィの庭での自画像》は、一見冬枯れの木立の寂しい絵のように見えますが、彼は“子供たち”と呼んだ数多くの自作に囲まれながら、実際は好きな絵の制作をしていました。必ずしも鬱々とした晩年ではなかったことを知ると、また絵が違って感じられますね」
ここで登場する画家たちが、満身創痍になりながら、困難を乗り越えつつ描き続けたのはなぜだろうか。
「まだまだ描きたい世界があると信じていたのだと思います。70代になって《冨嶽三十六景》を制作した葛飾北斎は、亡くなる直前に“あと10年、いや5年生きられたら!”と言ったそうです。打ち込めば打ち込むほど、まだ見えていない世界が現れ、もっと良い絵を描きたいという気持ちがあらたになるのでしょうね」
かわはらけいこ/東京都出身。博士(芸術学)。アートジャーナリスト。単著に『「空想美術館」を超えて』などがある。