「今度、日本旅行に行こうと思っていたんだけど、原発が怖くて――」
スマホが鳴って通知が表示される。今年2月上旬以来、中国国内の友人からもう何度同じようなメッセージを受け取ったかわからない。
日本の大部分の地域に放射能の影響はなく、少なくとも旅行で訪れる程度の人に被害が及ぶ可能性はゼロに近い、といった内容をうんざりしながら返信する。だが、その後の彼らの反応も判で押したように同じだ。
「でも、自分の国についての政府やメディアの情報なんか信じられないでしょう」
もちろん、原発関連の政府発表やメディアの報道がすべて真実なのかは不明な部分もある。だが、震災から6年が経って「いまさら言われても」という思いが先に立つ。
なにより、中国人が福島原発の健康被害を心配するのはナンセンスだろう。彼らが東京や大阪に旅行して受ける(かもしれない)放射能の影響よりも、大気汚染が激しい中国の都市部で普通に呼吸し、街の食堂で怪しげな食材を食べてるほうがはるかに健康に悪いはずなのだ。日本の政府やメディアの透明性も、少なくとも中国よりはマシだし、インターネット上の情報統制も存在しない。
しかし、中国国内のテレビとネットで情報を知ったという彼らの不安は消えない。彼らは国有銀行の行員や企業経営者など中国社会では「勝ち組」揃いで、英語が話せて海外経験も豊富な人たちだが、それでもなかなか納得しないのだ。放射能が怖いから銀座で寿司を食べるのもやめようか、少なくとも子どもを日本に連れて行くわけにはいかない――。と、心配の種は尽きない。
調べてみると在日中国人の知人らの多くも、今年2月上旬から突然、ネットで情報を知った本国の親族や友人から似たような質問攻めに遭ったという。明らかに不自然な事態が進行中なのだ。
日本大使館はデマの打ち消しに
格納容器内、推定530シーベルト=2号機の画像解析-福島第1原発(2017年2月2日時事ドットコム)
降って湧いたように発生した中国人の原発パニックの発端は、上記のニュースだった。
福島原発の内部で高濃度の放射線が検出された――。困った話ではあるが、原発についてどんな政治的立場に立つかを問わず、(事故現場のごく近くに暮らす方をのぞけば)ただちに自分や家族の生命の危機と結びつけて考えた日本人はほとんどいなかっただろう。
だが、中国では2月3日ごろから、国営放送CCTVをはじめとした各メディアが連日大々的に取り上げ、一般紙やネットニュースでは「日本に旅行するなら命がけで」といった見出しを掲げて日本全土に放射能汚染が広がっているような印象を与えたり、日本政府の発表を疑問視する記事も多く出た。ネット上の反応はさらにすさまじく、日本製の化粧品の使用にまで憂慮を示すような話題が、ネット掲示板や微博(中国版ツイッター)・微信(中国版LINE)などでどんどん拡散されていった。
中国最大の大型連休である春節(旧正月)後の最初の出勤日から盛り上がったこの話は、休暇中に日本旅行を楽しんだり、訪日経験者から話を聞いて次の日本行きを計画しはじめた人たちに冷や水を浴びせるには十分な話だったといえる。
近年、中国では日本旅行ブームやネット商店を通じた日本製品の購入ブームが中流層まで拡大しており、都市部を中心に対日感情がかなり好転しはじめていた。だが、原発や放射能という「よくわからないけれど怖い」恐怖を過度に煽るフェイク・ニュースがそれを吹き飛ばした形だ。
筆者が駐中国日本大使館に問い合わせたところ、訪日査証発行業務などに原発パニックの影響が見られていないことを強調されたが、一方で日本大使館は下記報道のように中国国内のデマの打ち消しに神経を尖らせている。
在中国日本大使館、日本旅行は「安心」=福島原発事故でQ&A集―中国メディア
やはり今回の件で日本が巨大な風評被害を受けたことは間違いないだろう。日本人が知らない間に、日本のイメージは大きく傷ついていたのである。