火元のひとつは「饒謹」なる人物の「微博」
一連の「炎上」のなかで、ネット上で大きな役割を果たしたのが饒謹という人物の微博アカウントだ。中国国内の報道の過熱ぶりも、むしろネット上での原発デマの燃え上がりぶりを受けて、それに迎合した側面が大きいと見られる。
2008年、北京五輪聖火リレーが世界中でチベット支持者の抗議を受けた際に中国国内で作られた反西側ウェブサイト『Anti-CNN』(現在は『四月網』)の設立者でもある饒謹は、清華大学物理工学科を卒業したと伝わるエリートで、共産党内の保守派との関係も噂されるネット国家主義者のリーダー格の一人だ。彼は今回、日本メディアや英文メディアの報道を恣意的に切り貼りする形で日本への不安を煽り立てるツイートを連投。日本旅行の自粛や中国関係部門による警告の発令を主張した。
頭のいいトップの人間がなかば確信犯としてデマすれすれの扇動ツイートを繰り返し、それが熱心な保守系のネットユーザーに伝播して、話の広がりの大きさゆえに一般市民の間にまでその情報がシェアされていく――。こうして、日本の全土が放射能に汚染されていて、訪日観光や日本製の化粧品の購入まで手控えたほうがよいとする「ポスト・トゥルース」(そうあってほしい真実)が常識化してしまう。
扇動者の手法とその後の情報拡散の様子は、近年のアメリカのトランプ支持者(オルト・ライト)がメキシコ移民やイスラム教徒を吊し上げたり、日本のネット右翼が韓国や中国のデマを拡散する際に展開する流れとそっくりだ。ただ中国の場合、フェイク・ニュースや攻撃ツイートを使って追い詰める対象が、日本なのである。
「日本ブームに水をさせ」
もっとも、扇情的な報道やデマツイートに対する中国当局の反応は、日本やアメリカとは異なる。彼らは近年、ネット言論の方向性のコントロールに成功しており、「炎上」の内容が当局の主張に有利だと判断されれば、当局側が積極的にこの流れに乗ってプロパガンダに利用するからだ。
「訪日旅行の際は注意を」=中国大使館、福島原発の放射線問題で呼び掛け―中国紙
もちろん中国当局は、現在の福島原発のリスクが訪日旅行者にまで影響を及ぼさないことを十分に知っているはずだが、あえて扇動的な情報を否定しない声明を出すことで、国民の間に日本への忌避感や不信感を抱かせる方針に出たとみられる。
背景にあるのは、昨今の中国国内の「日本ブーム」に水を差そうという考えだろう。旅行や日本製品の使用を通じて、中流層のなかで日本への親近感がなんとなく広がり、日本社会の安定性や安全性と中国社会の不足点を比較するような考えが生まれていくのは、中国当局にとって決して好ましい話ではなかったからだ。
今年1月、日本のアパホテルが客室内に歴史修正主義的な内容の書籍を置いていることをアメリカ人と中国人の一般人カップルが微博で告発してネット炎上が発生した際も、中国外交部はわざわざホテルへの非難声明を出し、ネットの炎上を後押しする動きを見せた。
大部分の国民が大きな懸念を覚えていない原発ニュースや、一企業による歴史修正言説は、日本人自身は特に気にしていなくても国際的に見れば日本の「弱点」だろう。中国は自国のヒステリックなネット炎上のパワーを上手にコントロールしてすくいあげる形で、そんな日本の弱点を的確に突いている。
同様の構図を使った「日本叩き」は今後も起きる可能性が高いはずだ。中国側の動きを継続してウォッチしていきたいところではある。