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2019/11/21

source : 週刊文春デジタル

genre : ニュース, 芸能, テレビ・ラジオ, 社会

もともと麻薬と深い縁があった海外のクラブ

 警察当局も当初はこうした事態を知ってか知らずか、本格的な摘発は控えたままだった。だが、そのうちクラブはディスコを凌ぐ一大業態となり、繁華街の中心と化していった。先に海外でクラブが隆盛となっていたことも繁栄を後押しした。

※写真はイメージです ©iStock.com

 海外のクラブはもともと麻薬と深い縁があった。クラブで主流の4つ打ち音楽が特徴のハウスミュージック、テクノミュージックは70~80年代の米国で始まった。気分を高揚させる音楽と白煙にゆらめく様々な色の照明は、興奮系の麻薬であるMDMAとも相性が良く、音楽とともに麻薬も米国や欧州に広がっていった。

 そもそもマイルス・デイヴィスをはじめ、モダン・ジャズの時代から麻薬に溺れたミュージシャンは数知れず。欧米の音楽は麻薬と切っても切れない縁がある。日本と比べ、欧米では麻薬に対する社会的許容範囲が格段に緩く、大麻などに手を出すのは日本で言えば未成年による飲酒が少しひどくなった程度として扱われることも少なくないことも影響している。

送検のため沢尻エリカ容疑者を乗せ東京湾岸署を出る車 ©文藝春秋

 つまり、麻薬とクラブの親密な関係はすでに海外で定着していた。そのクラブ文化が日本に輸入されるとなれば、麻薬だけを抜きに、というのは逆に難しかったともいえる。

 警察当局もその事態に次第に気づき始めた気づき始めた。そもそもが脱法状態の深夜営業のため、風営法上はいつでも摘発が可能という一般の経営者なら参入に躊躇する条件のクラブビジネス。経営に介入する反社会的勢力も少なくなかった。そこで、平成の半ばごろから、六本木や大阪などでの「クラブ狩り」が始まった。

 

 表向きは違法な深夜営業という風営法違反の摘発だが、裏には、麻薬、反社会的勢力とのつながりが濃厚な場所を摘発するという真の狙いがあった。