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映画サイトの評価は両極端

 やはり、魅力的な企画、魅力的な被写体、魅力的な監督が集まれば、スタッフは最大限の力を発揮するのだ。企画と言えば、劇映画の『新聞記者』と、このドキュメンタリーの2本の企画を立て、森に監督を依頼したエグゼクティブ・プロデューサーの河村光庸の慧眼には、恐れ入るしかない。

 と、ここまで書いて、私は同じドキュメンタリー畑の人間としてこの映画を褒め過ぎかしら、と思って映画サイトのレビューを覗いてみたら……やっぱり!

©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

 評価は極端に分かれ、5点満点で星は5か4が多いが、1や0.5も結構あり、低い点数をつけた一部の人たちの望月記者や森監督への罵詈雑言には、もはや苦笑というか、いやはやこれが望月衣塑子であり、森達也なのだ、と思わされた。

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 さて、劇場で映画を観て「あれ?」と思ったことを最後に記したい。

 この映画のタイトルは『i-新聞記者ドキュメント』であるが、映画本編には“新聞記者ドキュメント”という文言が入っていない。つまり『i』だけなのだ。

 ここからは推測だが、森の思いとしては、この映画はあくまで『i』なのだ。だがそれでは何を題材にした映画なのかわからないから、プロデューサーや宣伝部サイドからの要請で、客を映画館に呼び込む術として『i-新聞記者ドキュメント』としたのだろう。

 だが私は思う。この映画は「いち新聞記者のドキュメント」には留まらないのだ。望月記者の活動を通して見えてくる日本社会の特性が、真のテーマである。だから森は『i』にこだわった。『i』とは、一人称単数の主語を大切にする、という態度である。

同調圧力によって誰かを生贄にする日本社会への危機感

 一人称単数の主語が、日本の社会からどんどん失われてはいないか、という森の危機感が、このタイトルにつながったのだ。例えば、昔は自民党にも、時の政権に公然と異を唱える政治家がいた。しかしいまは大半が、安倍首相と菅官房長官の言うがままだ。そこには「党」という主語があるのみで、一人称単数の主語で語る人間はいない。官僚もしかり。メディアの世界も、望月記者のような例外を除けば、みなが空気を読み、同調圧力によって誰かを生贄にする。そんな世の中の状況に、森はずっと一石を投じ続けてきた。

 冒頭に記した試写会の夜。会議室から近くの焼肉店に場所を移して議論は続いた。「家が遠くて終電が早いから、ぼくは先に帰ります」という森は、最後にこうあいさつした。

「今日は貴重な意見をありがとうございました。参考にさせてもらいますが、採用するかどうかは、自分で決めます」

 そう、にこやかに言って去って行った森の後姿を見ながら、森達也も徹頭徹尾「iの人」なんだよな、と思った。

©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

INFORMATION

『i-新聞記者ドキュメント-』
11月15日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
監督:森達也 
出演:望月衣塑子 
企画・製作・エクゼクティブプロデューサー:河村光庸
監督補:小松原茂幸 
編集:鈴尾啓太 
音楽:MARTIN (OAU/JOHNSONS MOTORCAR) 
2019年/日本/113分/カラー/ビスタ/ステレオ 
制作・配給:スターサンズ ©2019『i –新聞記者ドキュメント-』
公式サイト: i-shimbunkisha.jp