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ジェンダー問題に取り組むようになった宇多田ヒカル

「クローゼットの奥で眠るドレス/履かれる日を待つハイヒール」と宇多田ヒカルのパートから始まる導入部では、子育てに追われて遊びに行く機会がなくなったママが、ママ友を誘って「息抜き」のためにちょっとオシャレをして遠出する情景が浮かぶ。しかし、椎名林檎が歌う二番の歌詞、「家族の為にがんばる/君を盗んでドライヴ/全ては僕のせいです/わがままにつき合って」のあたりから、これが恋愛関係にある2人の歌であることがわかってくる。そもそも「二時間だけのバカンス」の「二時間」とは、ラブホテルの休憩料金時間なのではないか? となると、これは不倫の歌? てことは、『VERY』ママたちの間では不倫ソングとして流行ってるわけ?

 ご覧になった方も多いと思うが、アルバムのリリース前に公開された同曲のミュージック・ビデオは、そこに思いがけないヒントを与えてくれる。まるで双子のようにお揃いの黒髪ボブのヘアスタイルの宇多田ヒカルと椎名林檎は、そのビデオの中で手を繋ぎ、指を絡め合い、お互いうっとりした目で抱き合っているのだ。そのビデオの監督を務めているのが椎名林檎の夫である児玉裕一というのも、なかなかの倒錯趣味。確かに、アルバム『Fantôme』は「ストレートの相手に恋をしたゲイのラブソング」だと本人もテレビ番組で発言していた「ともだち」をはじめ、LGBT的な視線から歌詞を読み解くとストンと腑に落ちる楽曲がいくつかある。そして、それらは宇多田ヒカルが時流に合わせてジェンダー問題に目配せしているというよりも、実は以前から宇多田ヒカルの歌に込められていたものがより前景化してきたものだと自分は考えている。「二時間だけのバカンス」の歌詞の冒頭の言葉が「クローゼット」という、「カミングアウト」と対を為す「自分の性的指向を周囲に公表していない状態」を意味する隠喩であることにも注目したい。夫も子供もいる宇多田ヒカル自身のセクシャリティは別として、アルバム『Fantôme』は宇多田ヒカルが表現の上で「クローゼット」を開いてみせた作品でもあったのだ。

宇多田ヒカルの6thアルバム『Fantôme』(UNIVERSAL MUSIC)

 かように、「ママ友同士の息抜き」ソングとして『VERY』ママの間で流行っているという「二時間だけのバカンス」は、わかりやすく下世話な言葉をつかってしまうなら「百合W不倫」という『VERY』ママ的ライフスタイルとはかけ離れた場所にも着地しかねない(もちろんそれも解釈の一つに過ぎない)、様々な意味とイメージが重層的に込められた曲なのだ。さすがは、現在の日本の音楽シーンにおける圧倒的2トップ宇多田ヒカルと椎名林檎のコラボ、一筋縄ではいかない。この3月から宇多田ヒカルはソニー・ミュージックレーベルズに移籍。1998年以来ずっとレーベルメイトで、かつて東芝EMIガールズと名乗って一緒にステージに上がったこともある宇多田ヒカルと椎名林檎はここで初めての「別居」状態となったわけだが、きっと2人はまた新たな「非日常のスリル」を企んでいるに違いない。「二時間だけのバカンス」の中でも、「足りないくらいでいいんです/楽しみは少しずつ」と歌っていたではないか。