1998年というと何を思い出すだろうか。世間的にはサッカーW杯に日本が初出場し、和歌山毒物カレー事件が世を騒がせた年。音楽業界に限れば、「歴史上もっともCDが売れた」象徴的な年でもある。
「驚くのは、後にミリオンセラーを達成する女性アーティストが8組もデビューしていること。宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみ、Kiroro、モーニング娘。、MISIA、鈴木あみ。音楽史的には、前年の紅白で安室奈美恵が1年間の活動休止に入り、ちょうど小室ブームが落ち着きを見せ始めた時期と言えます」
音楽ジャーナリスト・宇野維正さんの初の単著となる『1998年の宇多田ヒカル』は、そんな98年にデビューした歌姫たちに焦点を当てた論考だ。中でも宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoの3人を語る宇野さんの口ぶりは熱い。
「これは嘘偽りなく、現在進行形の日本の音楽シーンでTOP3の才能を有していると僕が考えるのがその3人なんです。そこに浜崎あゆみを加えた4人について、同期という切り口でまとまった評論を書けないかと考えました。ちょうどここ数年、宇多田ヒカルと椎名林檎のこれまで想像していた以上に深い結びつきが明らかになったり、宇多田のカヴァーアルバムに浜崎が参加したりと、本人たちの口から交流が語られることが増えてきて、自分の仮説が裏付けられ始めたタイミングでもあったので。
会社員でもそうですけど、同期の存在ってデカいですよね。ライバルでもあり、仲間でもある同期の存在があるからこそ、彼女たちは己を鼓舞してこられたのではないか。今回はそういう立場から論を進めています」
宇多田、椎名、aikoの3人に共通するのは、音楽的才能はもちろんのこと、セルフコントロール能力の高さであると宇野さんは言及している。
「彼女たちは個人事務所を運営する立場にいることもあって、活動初期からキャリアを自分で設計できていたんですね。ただその弊害として、コントロールフリークな部分がある。インタビューなどでも、自分の意図しない記事が出ないように厳密に管理されています。
本書ではその点で一歩踏み込み、複数のアーティストを横断的に語ることで、それぞれに新しい角度から光を当てたかった。幸い、まだ熱心なファンから苦情や反感の声は届いていないので、こういう切り口が待たれていたのだろうと、今は安心しています(笑)」
「史上最もCDが売れた年」にまるで奇跡のように揃って登場した歌姫たちに迫った1冊。宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoという3人の自己プロデュースの天才と、そんな彼女らと“同期”という宿命を負わされながらも、カリスマへと登りつめた浜崎あゆみという対比が面白い。宇多田と椎名の意外な交友関係にも注目。