ドラマ「家政婦は見た!」の主演やアニメ「まんが日本昔ばなし」の声優を長年にわたり務めたことでも知られた市原悦子さん。今年1月12日に惜しまれつつも亡くなった市原さんが生前に遺していた「ことば」をまとめた書籍『いいことだけ考える』が発売されました。今もなお多くの人の心に残る「まんが日本昔ばなし」への想いを公開します。
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「むかーし、むかし……」のナレーションで始まる『まんが日本昔ばなし』。1975年から20年間つづいた長寿番組だ。愉快な話も怖い話も、市原さんの味わい深い口調で語り出されると、現実世界から一瞬のうちに昔話の世界へ連れて行ってもらえた。
ところが、あの独特の語り口も、実は生来のものではなかった。
「俳優座入団当時はね、東野英治郎(とうのえいじろう)さんや岸輝子さんといった大先輩相手にお稽古していたでしょう。そんなとき敬語の使い方を知らなくてよく叱られたの。場違いな発言で場の空気を凍らせてしまったこともあった。それで一言一言ことばを選びながら話すようにしたのが始まりね」
1975年当時、民放で昔話のアニメ化は初の試みだった。時代は高度経済成長期の余韻が色濃く残っていた。
見てる人が居眠りするような番組にしましょう
ディレクターたちは、昔話をどうしたら新鮮に聴いてもらえるかを検討した結果、役者に声を担当してもらおうということになり、そこへたまたまスケジュールの空いていた市原さんが抜擢されたのだという。
「あれは始まる前にね、常田(ときた)(富士男(ふじお))さんと『この番組、見てる人が30分居眠りするような番組にしましょうよ』って言って始めたの。のんびりした、束の間のオアシスのようにって。だってテレビで世の中、騒々しかったから」
番組が始まった1975年は、市原さんの人生には珍しい冬眠の季節であった。1971年、芝居づくりのマンネリに耐えきれず、15年間舞台に立った俳優座を退団。同じ年に2度目の流産をして、役者の道か母になるかを迫られて子どもを諦めた。1974年に『トロイアの女』で白石加代子と共演し、やっと冬眠から目覚めようとしていた。『まんが日本昔ばなし』はそんな彼女に舞い込んだ、神様からのプレゼントのような仕事だった。