昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/12/22

ストレスを感じるとみぞおちに激痛

「つるつるに磨き上げたシルバーのアクセサリーであれば、誰がやっても近いものができると思います。ただ僕がやってるのは、良くも悪くも雑な仕上げ。どこまで磨けばいいみたいな数値もないし、口で伝えることもできない。そんなこともあって、仕上げは自分の手でやらないと気がすまないんです。とはいえ事業規模を拡大するためには後継を育てて、自分は経営や社長業に徹するべきなのかと考えていた頃でした」

工房での矢野さん。「銀を削るのがとにかく好きなんです」と語る。矢野さんの店舗兼工房と自宅は神戸にある。 ©Ryousuke Matsui

 最盛期は従業員5人を率いていたが、少ない資本でやりくりする苦労に加え、自分の手を動かすことも諦めきれない。経営とものづくりを並行することは想像以上のストレスとなって矢野さんを苦しめた。

「年中イライラしていて、家庭のことはほったらかし。とても良い父親、夫とは言えなかったと思います。家族のことや自分自身について立ち止まって考える余裕もなければ、その勇気もありませんでした」

 そんな時、過度なストレスがかかると決まってみぞおちのあたりに痛みが走った。後にこれも、悪性リンパ腫に起因するものであったことがわかる。

「思えば病気が判明する直前は冬なのにやたらと寝汗をかくようになっていました。さらに風邪症状も出てきたので病院に行って薬をもらい、体調が良くなったと思ってたんです。そうしたら血液検査の数値が異常なことになってたみたいで、病院から呼び出されて即、入院です」

 抗がん剤投与前のPET検査ではがん細胞を示す光で全身がピカピカするほどだったが、前述のみぞおちが時々痛む程度で、他に症状はなかったという。

「その時もタトゥーが入ってたんですけど、とにかくPET検査しないとどうしようもなかったんで、『痛みを感じたらボタンを押してください』って技師の人に言われて検査しました。インクの種類のせいなのか、特に痛くもなく大丈夫でした」(矢野さん)

 告知をされても実感が湧かず、周囲にも他人事のように病気を報告した。どこか腫れているわけでも、痛いわけでもない。身体的に“病気してる感”が希薄だったゆえ、病名とのギャップに驚くしかなかった。そして期限もわからない抗がん剤治療がすぐに開始され、外界とシャットアウトされる。