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悪性リンパ腫は素晴らしい体験

 退院後、矢野さんは拡大路線をやめた。それから現在まで、自分で作れる量だけ注文を受け、日々シルバーと向き合っている。従業員は今いない。

 

「入院中に思ったのは、やっぱり自分は作業が好きで、仕事場が好きってことでした。でも立ち止まるのも怖くて、家族を犠牲にしてまでずっと走り続けていたら、何のためにやってるのかすらわからなくなっていた。

 悪性リンパ腫は僕にとって試練だったと同時に、それまでの自分と、未来の自分について深く考える時間を与えてくれた素晴らしい経験でした」

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 そもそも私が矢野さんに会いたいと思ったのは、大病を患ったとき、それはどんな風に仕事に影響するのか、またはしないのかについて聞きたかったのだ。

 家族と一緒に生きるためにはお金がいる。そのためにバチバチとキーボードを叩いているのが自分だ。でもそれは、自分が生きる動機でもある。家庭と仕事という両輪のどちらが欠けてもうまく走れない。

 身体からの「止まれ」サインと、家族に笑顔があるか。そのふたつだけに注意しながら、ノロノロと運転していきたいと感じた。

 

写真=末永裕樹/文藝春秋