安堵と後悔
ミッション・クリアだ。川谷の前で喜びをあらわすことはなかったが、大山は車に戻って、「よしっ」と小さくガッツポーズをした。
二人に直撃した際のやり取りはICレコーダーで録(と)ってある。それを文字に起こして、早急に棚橋にメールをしなければならない。
カメラマンのほうでも成果を編集部に送る作業をして、その後に遅い夕食をとった。ファミレスのような居酒屋にみんなで集まったのだ。夜の十一時頃になってようやく任務から解放された。
やることはやった。
そう安堵(あんど)しながらも、実は大山はかなりの悔いを残していた。
ベッキーと川谷はビールを持ってマンションから歩いて出てきた。あのとき、慌てて直撃するのではなく、しばらく様子を見ていたら……。二人が高台に行き、いいムードで並んでビールを飲んでいたら……。最高のツーショットが撮れていた可能性があった。
それでもとにかく大山たちから送られてきたデータによって、東京の棚橋と渡邉で記事をつくり、タイムリミット前に入稿できたのだ。
センテンススプリングの衝撃
記事への反響は予想以上に大きかった。
最初は一度だけのスクープの予定だったが、そういうわけにはいかなくなった。この号の発売前日、ベッキーが会見をひらいたのだ。その会見では正月に川谷の実家に行ったことを認めながらも、「お付き合いということはなく、友人関係であることは間違いありません」とベッキーは話した。
LINEのやり取りやホテルでの密会については言及しなかった。質疑応答もなく、一方的に打ち切られた会見だった。
川谷もまた、その会見直後にマスコミに対して釈明のファクスを送っている。
そこでもベッキーのことは〈親しい友人〉と書くにとどめていた。それでいながら〈昨年の夏に一般女性の方と入籍〉していることは認めるなど、直撃の際の回答とは矛盾した文面になっていた。
週刊文春は発売前に「事実誤認である」と本人たちから突きつけられた恰好(かっこう)になった。そうなれば真相をはっきりさせないわけにはいかない。
第二弾特集では、川谷の妻にもう一度、当たった。このときは女性記者もいたほうが話しやすいのではないかという考えから、棚橋と大山の二人で訪ねている。
家の近くで声をかけ、付近の公園まで行って、一時間近く話を聞くことができた。
「結婚していないとか、私のことは友達だとか、本当に夫がそんなことを言ったのでしょうか」
A子さんは憔悴(しょうすい)しきった様子だったが、彼女としても真実を知りたかったのだろう。自分の胸の内にあるものを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。疑問の言葉を口にしたあと、思いのほか、多くの真実を話してくれた。川谷からどのようにプロポーズされたのかということや離婚をしたいと切りだされていることも彼女の口から語られた。
そして第三弾特集では、ベッキーの会見前日に、ベッキーと川谷がやり取りしたLINEの会話を掲載している。
ベッキー〈友達で押し通す予定!笑〉
川谷〈逆に堂々とできるキッカケになるかも〉
ベッキー〈私はそう思ってるよ!〉
川谷〈ありがとう文春!〉
ベッキー〈センテンス スプリング!〉
二人は全てを認め、開き直ることを宣言していた。このやり取りは、さまざまなメディアで二次紹介されながら爆発的に広がった。特に「センテンススプリング」は同年末の流行語大賞にもノミネートされた。
編集部としては、川谷の妻の話を深く聞けた第二弾の反響が大きいと予想していた。第二弾よりも第三弾への反響が圧倒的に大きかったのは意外だった。
その後、何度か状況や事実を伝える記事を載せたあと、五月五日・十二日ゴールデンウィーク特大号では、ベッキーから届いた手紙を掲載している。インタビューを依頼していたが、それに応じるまでは踏み切れなかったようで、手紙が届いたのだ。
〈何よりもまず、川谷さんの奥様へ謝罪したいというのが今の一番の気持ちです〉
〈川谷さんへの気持ちはもうありません〉
〈記者会見についてですが、私は気持ちの整理もつかないまま会見の場に立ちました。離婚が成立するまでは、友達のままでいようという約束がありましたので“友人関係である”という言葉を選んでしまいました。しかし私の行動を考えると恋愛関係だったと言うべきでした〉
などと書かれていた。
一連の取材と報道について、大山は振り返る。
「今回の取材に限らず、人を傷つけているという自覚はありますけど、それに対して記者は、すいません、申し訳ありませんって言ってはいけないんだと思っています。ただ、こういう記事に関わったことで、自分は不倫をしてはいけない人間になったんだとも思いました。いままで一回も不倫をしたことはないですけど、こういう記事をつくった以上、しちゃいけない人間になっちゃったなって。自分がそれをしていたら、人のことを言っちゃいけないし、説得力がなくなってしまいますからね。何かの記事をつくるたびにそうして背負うものが増えている気はします」
本書の再現ドキュメントの元になったのは、株式会社ドワンゴが取材・制作した「ドキュメンタリードラマ『直撃せよ!~2016年文春砲の裏側~』」。ニコニコ動画で公開中。
※こちらは予告編です。