忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
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高校を卒業してすぐに、製本会社に就職した。
親にはバンドを続けている事、バンドメンバーには就職した事、会社にはバンドをやっている事をそれぞれ隠していた。
毎朝満員電車に押しつぶされて、最後の乗り換えの後、4駅分だけ椅子に座れた。
駅から会社までのあの曲がりくねった坂道。
クソみたいなJ-POPの歌詞に出てきそうな、あの曲がりくねった坂道。今にも桜が舞い落ちてきそうな、あの曲がりくねった坂道。もう春も終わりだねって呟いても隣に君は居ないあの曲がりくねった坂道。ずぶ濡れの僕の心を、君がくれた言葉がそっと照らしてくれそうなあの曲がりくねった坂道。時計の針はもう永遠に戻らないけれど、それでも前に進もうと誓ったあの曲がりくねった坂道。君は秒針で僕は短針、永遠に交わらないよ、どんどん君が遠ざかって行ってこれがホントの…単身赴任。なんてね。バカヤロウ! あの曲がりくねった坂道。
毎朝、死ぬほど眠くて、半分目を閉じながら歩いたあの曲がりくねった坂道。
ライブの度に当日欠勤をするのが気まずくなって、1年足らずで製本会社を辞めてからも、クソみたいなアルバイトをしながらバンドを続けた。アルバイトはすぐに辞めてしまうけれど、バンドはどうしても辞められなかった。
あの製本会社が結構好きだった。
あのままあの会社で働いていたら今頃どうなっていたのだろうと、そんな事を考えて落ち込んだりした。
金が無くなって、どうしようもなくなったそんなある日、あの会社と似たような所を探して面接に行った。ちょうど同じ駅の反対側にある小さな印刷所。中に入ると紙の束で出来た山がいくつもあって、その中から顔を出した事務のオバさんに面接をして貰った。「土日休みで週5日働けないと採用出来ないんです。ただ私は面接担当ではないから、担当の者に一応履歴書を渡しておきますね。たぶん無理だと思うけど」と言われた。求人情報誌には、週5日なんて書いてなかったじゃないか。そもそもあんた面接担当じゃないのかよ。という言葉を飲み込んで部屋を出ると、紙の山から顔を出した従業員が笑顔で挨拶をしてくれた。印刷所を出て駅に歩いている途中、渡した履歴書が惜しくなって取りに戻った。あっけなく取り返した履歴書を手に、もう一度駅を目指す。
空白だらけの寂しい履歴書を手に、駅を超えて、久しぶりにあの曲がりくねった坂道を歩いた。
その時、遠くの方から見覚えのある人が歩いてきた。あの会社の同期で、1番仲の良かった斎藤君。そんなJ-POPの歌詞みたいな偶然に、驚いて咄嗟に隠れてしまった。路地裏に逃げ込んで息を潜めながら、握りしめた手には汗でふやけた履歴書が。
自信に満ち溢れた顔で坂道を上がって行く斎藤君が目の前を通り過ぎる。曲がりくねった坂道をまっすぐに歩いて行く斎藤君。
もっと頑張ろうと思った。
この本を読んで、そんな事を思い出しました。