デジタルコンテンツはお金を支払っても「所有」できていない
一方、すっかり身近になった電子書籍や動画、音楽などのコンテンツについてもあらためて考えてみましょう。
紙の本と電子書籍、DVDソフトとオンライン動画、音楽CDとオンライン音楽。中身自体は同じで、媒体だけが異なるように思われますが、大抵の場合、購入したあとに得られる権利に、大きな違いがあります。
たとえば紙の本やDVDソフト、音楽CDなどは、作品を収録したパッケージに対する「所有権」があります。このため、購入者の意思でそれを中古ショップに売りに出したり、誰かに託したり、図書館に寄贈したりできます。しかし、物理的な媒体を伴わないデジタルコンテンツの場合、「閲覧権」のみを購入しているのが一般的です。
所有していないために、中古ショップへ売りに出すことはできませんし、編集したり転送したりする使い道にも制限がかけられていることがあります。アマゾンのキンドルストアで購入した電子書籍なら1度だけ誰かに貸せますが、これは例外的な機能。その特性から、デジタルは裸の状態だと無限に複製できるため、著作権保護の観点から購入後の取り扱い方法に縛りがあるのが普通なのです。
電子書籍アプリを例に出すと、持ち主のIDでサービスにログインすれば、一面にヴァーチャルな本棚が表示されたりします。そこに購入済みの本が並ぶ様子はリアルな本棚と変わりありません。ただし権利的な意味で、並んだ本の中身を閲覧できるのは、アカウントの持ち主のみとなります(サービスによっては家族や共同使用者も可)。現実の本棚のように、誰でも本を手に取れるわけではないのです。
電子書籍の多くが一身専属性である
そうなると、死後の扱いについてはアカウントの相続可能性が重要な鍵を握ることになりますが、このタイプのサービスの多くは一身専属性をとっています。つまり相続できないケースのほうが一般的なのです。
実は、例外的なものとして、電子書籍大手のイーブックジャパンの存在がありました。このサービスは「紙でできることは、電子でもできてほしい」という利用者のニーズに応えるため、2000年の創業当時から、利用規約にアカウントが相続できることをきちんと明記していました。しかし、19年2月に同業種の「ヤフー!ブックストア」と統合したのをきっかけにヤフー側と足並みを揃え、一身専属性に切り替えています。
切り替えた際、同社の小出斉代表取締役社長(当時)は、「実際のところ『相続したい』といった問い合わせを受けたことは一度もないんですよ」と取材を通じて語っていました(HON.jpのインタビュー記事より)。そもそも社会のほうで、「電子書籍を相続する」という考え方が育っていないのかもしれません。
ただ、アカウントの譲渡や相続は認めていないものの、ファミリーで閲覧権を共有することを認めているアマゾンのような例もありますし、技術評論社のように、自社発行の書籍を所有権が伴うPDF形式で販売する出版社もあります。つまり業界全体の方針が統一されているわけではない、ということは知っておきたい事実です。
古田雄介
1977年愛知県生まれ。フリー記者。名古屋工業大学社会開発工学科卒業後、建設会社と葬儀会社を経て2002年に雑誌記者へ転職。2007年からフリーで活動し、2010年からデジタル遺品や故人のサイトの取材を本格化した。死生やデジタルをテーマに多数の記事を執筆している。著書に『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)、『故人サイト』(社会評論社)など。