簿記学校で知り合った可憐な少女の思い出を、1人の男が語りはじめる。小さな声で話す品のよい少女・鈴木君子。男は彼女に恋心を抱くも交流は絶え、のちに彼女が富小路公子と名を変えて時代の寵児となったことを知る……有吉佐和子の長編『悪女について』はこうしてはじまる。
莫大な富を築いた実業家・富小路公子が謎の死を遂げた。所有するビルからの転落死。自殺か他殺かも不明。それを受けて、生前の彼女を知る男女が彼女についてのインタビューに応える――というのが本書の体裁で、ジャンル分けしにくい小説だが、知的スリルの横溢した徹夜本であることは間違いない。
冒頭の純朴な青年の他、幼馴染の女、公子と結婚していた男、離婚を扱った弁護士など、27人に及ぶ男女が1人1章の形式で公子の思い出を語ってゆく。戦後を生き抜き、成功を収めた女の華麗で奇妙な一代記が編み上がってゆくわけだが、新たな章に突入するたびに物語が転調してゆくのが妙味。
あれは悪女だったと言う者も、あんないい子はいなかったと言う者もいる。前章までは事実と思われていたことが次章で引っくり返り、2章前のある事実が新たな章の事実とふいにつながって出来事の意味が劇変したりもする。
富小路公子という女の謎は、明かされるたびに却って深まっていく。次の章では何が語られるのか? 彼女は何者なのか? 1章1章が短いせいもあり、急き立てられるように一気読みしてしまう寸法である。
1978年の作品だが、約40年を経ても古びているのは町並みや物価くらい。堅牢な構成は時代を問わず美しく、人間というものの謎は普遍のものだからである。(紺)