忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
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ポリープ。ポリープに決まってる。ポリープ来い。ポリープ以外には考えられない。ポリープ出来てたら良いな。ポリープ出来てなかったら困るな。
もう「これからしばらく、ポリープハイプとして活動していきます」というコメントも考えてあるし、ポリープだ。ポリープで間違いない。頼む、ポリープ出来ていてくれ。
耳鼻咽喉科に行くまでの間、ずっとそんなことを考えていた。
願いもむなしく、診察の結果ポリープは見つからなかった。
俺を苦しめていたはずのポリープは声帯のどこにも無かった。理由があれば耐えていける。それが病気なら尚更、被害者意識でなんとか乗り切れる。
「綺麗な声帯ですよ」と言った医者の言葉を信じて鏡の前で歌ってみても、そこには悲鳴をあげながら苦しそうに顔を歪めた自分の顔が映っている。喉に手を当てて、電池パックのように中身を交換出来たらどれだけ楽になるか。歌えない喉は、使い物にならなくなった電池と同じだ。
いつからか、なんとなく、思うように歌えなくなった。
マイクの前に立つと、常に大縄跳びの中に飛び込んで行く時の緊張感に襲われた。喉のなかで声が潰れて、その度に、歌になるはずだった悲鳴が漏れた。やれる事は何でもやった。何をやったのかと言うと、この書評の文字数では書き切れない程。その度に、治ったり戻ったりをくり返した。我慢の限界を超えて、力任せに叫んで喉を壊そうとしたけれど、思うように声が出なくてそれすらも出来ない。
夏フェスシーズンはバンドにとって勝負の期間だ。立ち止まっていても、当たり前のように時間は過ぎる。毎週末、全国各地、マイクの前に立っては恥をかいた。
よく、声にならない叫びを届けるなんて言うけれど、本当に声にならないんだからどうしようもない。
どうにも乗り切れなさそうな観客を見て、あの人達も自分と同じ気持ちなんだと思ってみても、その原因がそもそも自分の歌にあるのだからどうしようもない。
こんなボーカルの後ろで演奏しているバンドメンバーはどんな気持ちなんだろう。ライブ後は毎回記憶がなくなる程飲んだ。無くなった記憶は次の日にはちゃんと帰って来て、ちゃんと落ち込んだ。
夜を乗り越えるという感覚。せっかく走りはじめたんだから、せめて次の電柱まで、次の信号まで、ランニングしている時のあの感覚。
わかってもらえなくても良い。わかってやれば良い。自分がわかってやればいい。自分を守ってやれば良い。
今ではしっかり歌えるようになった。ツアーも楽しい。でもまたいつか、あんな夜が来るはずだ。その時はまた乗り越える。そのくり返しだ。夜があるから朝が眩しい。当たり前のことだ。
どうしようもないその夜を乗り越える、なんとか耐えてやり過ごす。この感覚を読んだ瞬間、中学校の一番強い不良の先輩と仲良くなった感じがした。とにかく心強かった。
外野から上げ足ばかり取ってるお前らに何が見える。
時間が止まったまま、夜も来ないお前に何がわかる。
今日も、空には星が綺麗だ。