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鳥栖いじめ訴訟 プロレスごっこやエアガンは「悪ふざけ・いたずら・遊びのたぐい」なのか

被害者がバッシングを覚悟して「実名・顔出し」会見に臨んだ理由

2019/12/25

「非常に納得がいかない。1つも嘘をついていなくて、(裁判では)全部事実を話したにもかかわらず、(判決では)事実を認めた加害者だけに責任を問い、嘘をつき続けた人は事実を認めた人に責任をすべて負わせる。少しおかしい」

 こう発言したのは、佐藤和威さん(20)。佐賀県鳥栖市立中学校に通っていたときのいじめで心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったとして、同級生と保護者、鳥栖市にあわせて約1億2800万円の損害賠償を求めていた裁判の判決が12月20日、佐賀地裁(達野ゆき裁判長)であった。冒頭の内容は、判決後の記者会見での言葉だ。

佐藤和威さん(写真右)が初めて実名を公表し、顔出しをした判決後の記者会見 ©渋井哲也

 判決は、同級生8人に対して、連帯して約400万円の賠償を命じた。一方で、鳥栖市の安全配慮義務などは認めず、責任を認めなかった。

 佐藤さんは前日から実名公表と顔を出すことを悩んでいた。弁護団主催の報道関係者に対する記者レクで、「判決後、顔出しするのか」を聞かれた。成人したこともあり、佐藤さんは「自分は悪いことはしていない」として、判決がどうあれ、顔を出そうと思った。

 ただ、判決内容がどうなるのかわからない。そのため、前日の考えは「判決次第」というものだった。

石や卵をなげつけられることも

 判決当日、佐藤さんは法廷の傍聴席で内容を聞いた。達野裁判長が告げた主文はあっさりしていたため、最初は理解できないでいたが、周囲の反応を感じているうちに、「これでは顔を出せない」と一旦は、実名公表、顔出しをしない方向で考えていた。

 というのも、佐藤さん一家に対する危惧があった。いじめが「発覚」した2012年10月23日以降、周囲から嫌がらせを受けてきた。通りすがりの人から「鳥栖の恥」と言われ、いたずら電話、ピンポンダッシュ、石や卵をなげつけられることもあったという。

 また、佐藤さん本人にとって、自宅は必ずしも、心理的には「安全な場」ではない。自宅でもいじめを受け、いつまた被害にあうのかわからないからだ。

 それでも引っ越しをしなかったのは、佐藤さんが「悪いことをしたわけではない。ここから逃げたくない。どうして被害者が逃げないといけないのか」という気持ちが強いからだ。