ドラマは一九六四年(昭和三十九年)、茨城県北西部の奥茨城村から始まる。
のんびりした田園風景が広がる村の高校三年生、谷田部みね子(有村架純)とその家族たちの暮し、そして級友とのやりとりが丁寧に撮られ、物語はゆっくり動きだす。
ヒロインは過酷な戦争を体験して、戦後を生き抜く。朝ドラマはこのパターンが多いが、『ひよっこ』はいきなり一九六四年、高度経済成長の只中から始まる。
脚本家の岡田惠和のチャレンジ精神を感じた。舞台が茨城なのも、周到な意図があるはずだ。日本中が浮かれまくり、会社員と公務員の大半は、自らを中産階級と信じて疑わなかったあの時代、恩恵に浴せない人々がいた。
遠い東北だけでない、東京にほぼ隣接する北関東でも、過疎の村に暮す住民は高度成長を享受するのでなく、むしろ出稼ぎという形で、時代の繁栄を支えた。
みね子の家も、父の実<みのる>(沢村一樹)が東京に出稼ぎにでている。米作りだけでは、家族を養えないからだ。奥茨城に戻れるのは、稲刈りや田植えなどの繁忙期だ。
お父ちゃんがいないのは寂しい。でも、お母ちゃん(木村佳乃)はもっと哀しいはずだから、アタシがめそめそ泣いてちゃいけないんだ。まだ人生の「ひよっこ」なりに、健気にみね子は振るまう。
東京のすぐ隣に「貧しさ」が、まだあった。そして、そこに暮す人びとは、小金持ちを羨むことなく、つましく支えあって生きている。
父は帰郷する日、初めて赤坂の洋食店でハヤシライスを口にし「こんな美味いもの初めて食べました」と、茨城訛りで喜ぶ。洋食屋の女主人(宮本信子)は、家族へのお土産にとポークカツ・サンドウィッチを渡す。
稲刈りを終え帰京する日、沢村一樹は不器用に木村佳乃と手をつなぎ、十代の恋人のようにバス停へ向かう。鼻の奥が少しツーンとなる。
東京に戻った沢村一樹が洋食屋を訪れ「お返し」にといって、妻が作った饅頭の入ったお重を渡す。女主人と顔を見合わせながら料理長(佐々木蔵之介)が「いい人だね」と一言うれしそうに呟くシーンを観て熱いものがこみあげる。
茨城の奥から出稼ぎにきた純朴な男を「いい人だね」と素直に受けとめる人たちがまだいた六四年。そんな東京に心ならず行くことになった「ひよっこ」は、どこで暮し、どう成長するのだろう。
▼『ひよっこ』
NHK総合 月~土 8:00~8:15