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90年代以降、若者はろくなことがないと思って生きているんじゃないか。──「作家と90分」松浦理英子(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/04/30

genre : エンタメ, 読書

note

性器中心主義から離れ、恋愛中心主義から離れ、今はまだ名づけられていない関係について書いている

――ただ、『裏ヴァージョン』は家賃代わりに小説を書く女性と、それを読む家主の女性という旧友同士の応酬ですし、『犬身』は犬に姿をかえて理想的な飼い主と暮らす話で、『奇貨』は小説家の男性がレズビアンの親友と一緒に暮らすうちに彼女の女友達に対して嫉妬めいた感情を抱く話ですよね。性愛というか、肉体的な繋がりを求めるのではない方へ向かっている印象もありました。

松浦 そうですね。『親指Pの修業時代』では、性器中心主義から離れた性愛を描きたかったんですけれど、『裏ヴァージョン』になってくると、セックスはもちろん、恋愛中心主義からも外れた濃密な関係というものを考えたくなってきて。『犬身』もそうですし、『奇貨』もそうですし、今回の『最愛の子ども』も、その発展形のひとつですよね。でも、肉体的な繋がりを否定しているわけではないんです。『ナチュラル・ウーマン』の頃から私の性愛観は変わっていないと思います。どこにスポットを当てて書くかが変わっているだけで。

――『犬身』で、犬に変化する前の主人公の仕事仲間だった久喜さんが、本当は彼女のことを傍においておきたかった、と吐露しますよね。それが『奇貨』の私小説家の本田さんのレズビアンの友達・七島に対する気持ちにも繋がるように感じました。

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松浦 あまりよく憶えていないんですけれど、久喜の場合はたぶんまず恋愛感情があって、それが熟していった結果、恋愛感情を突き抜けて愛着が形成されるという形だと思うんですよ。本田さんの場合は、そこまではっきりした恋愛感情はない。恋愛感情になる可能性はあったかもしれないけれども、本田さんと七島のそれぞれのセクシャリティの関係もあって、かなり早い時期に恋愛の道を歩むのをやめたという。ほぼ恋愛感情ではないといっていいと思うんですね。

――なのに本田さん、行き過ぎた行動に出てしまうという……。でも、その家族愛とか恋愛とか友情などにカテゴリーしづらい、愛着のような感情というものの存在にはっとしました。こういう形の人と人との関係性もあるのだなと思いまして。

松浦 そうですね、私もここのところもっぱら、まだ名づけられていない関係について書いていると思うんですけれども。きれいなだけの感情じゃなくて、たとえば嫉妬とかライバル心とかがあってさえ、その感情の中には貴重なものが生まれることがある、と。強い愛着だとか、憧れとか、あるいはどうしても見捨てられないといった思いが湧くことはあると思うので。

――説明のつかない関係性って社会の中で結ばれにくいですよね。

松浦 家族という旧来のかたちには結ばれにくいですね。でも、家族というものも、だんだん、男女が恋愛なり生殖なりを核として作るものとも限らなくなっているような気もするんですよね。旧来の家族制度は家族制度で合理的ではありますから、私は別に家族制度を崩壊させたいとか思っているわけでも、社会を壊したいと思っているわけでもないんです。そういう制度になじまない人間が、なるべく楽しく生きられるようなあり方を考えるということですね。

――今とはまったく異なる社会制度の可能性もあるのかなと思ったりしますが。

松浦 ただ、やっぱり恋愛とか性愛とか家族という習慣を利用するほうが多くの人にとっては楽でしょうね。その合理性を認めないわけではないんですよ。もちろん、それが性に合うという方はそう生きてくださって全然いいわけです。ただ私は、そうじゃない人、マイナーな人のことを考えたい、書きたいと思っています。

――普段、小説をお書きになる以外、いったい何をなさっているんですか。……ってなんか失礼な聞き方ですけれど(笑)。

松浦 いやあ……(笑)。何してるんだろう。なんかまあ、1日にひとつ用事を片付けるだけで疲れてしまうので。まったく充実した人生を送ってはいないんです。

©山元茂樹/文藝春秋

――原稿の締切はないわけですか。書けたら発表するという?

松浦 はい。たぶん、作家の中で私だけじゃないかと思うんですけれど、締切を約束しないで、書けた時にお渡しするというふうにさせていただいています。というのは締切を守れないと、お互いに辛いので……(笑)。ただ、もっと早く書かないと経済状態がよくなくなって生活が破綻するので、なるべく早く書こうと思っています。

――『最愛の子ども』が実は2010年にはスタートしていたということは、今すでに次の作品の何かが松浦さんの中では始まっていますよね、きっと。

松浦 なくはないです(笑)。まだ秘密なんですけれども。

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