いよいよ谷田部みね子も集団就職で東京へ。奥茨城からだから、常磐線に揺られて降り立ったのはもちろん上野駅……。と、これはNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』のお話だが、こうした集団就職のエピソードはフィクションにあらず。昭和30〜40年代にかけて、多くの若者が集団就職と称して上京し、上野駅に降り立った。だから井沢八郎が「上野は俺らの心の駅」と歌ったように、上野駅は各地の方言が飛び交う故郷の香り漂う駅になったのだ。

 そして時代は流れて2017年。集団就職もそれに伴う集団就職列車も姿を消した。それどころか“上野駅始発”の特急・急行列車すらほとんどなくなって、上野駅からはすっかり故郷の香りが消えてしまった。

新宿にそびえる「バスタ新宿」

 ところが、そんな上野駅に代わる新たな故郷の香り漂う場所がある。バスタ新宿。新宿駅の目の前に約1年前に誕生した国内最大級の高速バスターミナルだ。

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会津、松本、秋田、金沢、大阪……全国各地の行く人・来る人

 朝、地方からのバスが到着するバスタ新宿に行ってみる。次々に到着するバスからたくさんの人が降りてくる。友人たちと東京観光に訪れた若者グループ、東京の大学に進学した子どもの様子を見に来たお母さん、週末を久々に家族のもとで過ごした単身赴任のお父さん……。出発を待つ待合いスペースも大賑わい。出発便の案内表示を見てみると、会津、福島、長野、松本、飯田、静岡……。時間帯によっては、秋田や青森、金沢、大阪、さらには四国や九州までまさに全国各地へのバスが発着する。それは、まさに往年の上野駅や東京駅のようだ。

まるで空港みたいなカウンター

 一昔前、上野駅や東京駅からは全国各地に向かう列車が次々に発車していた。上野からは盛岡、青森、秋田、新潟、金沢。東京からは、大阪、博多、鹿児島、長崎。だが、新幹線&飛行機全盛の今では上野・東京から出発する列車の行き先はかなり限定されてしまった。長距離列車はそもそもほぼ新幹線だけなのだから、行き先が少ないのも当たり前だろう。便利になったのはよくわかるが、駅に旅情を感じるという点ではちょっとさびしい。

 一方で、バスタ新宿に行けば、全国各地の地名が並ぶ。そして出発を待つ人も、全国各地を目指す。

地名ざんまいの表示板

「飛行機なんてとんでもないです」

 国立大学に通う東北出身の大学生は言う。

「東京に出てきた時は新幹線……じゃなくてバスでした。帰省するときもバスですね。どうしても新幹線は高いからバイト代から出すのはちょっと。飛行機なんてとんでもないです。安いし本数も多いから、高速バスは助かります。友達もバスを使っている人はたくさんいますよ」

 バスタ新宿開業から約1年、すでにお盆・年末年始の帰省シーズンも乗り越えてきたが、それらの時期にはきっぷ売り場にも長蛇の列が生まれ、出発を待つ人たちで待合コーナーも大混雑になったとか。さすがにかつての上野駅のように方言が飛び交うことはないし、きっぷ待ちの人のためのテント村が建つこともない。それに集団就職もとうの昔に姿を消している。だが、春になると東京を目指す多くの若者がバスタ新宿にやってくる。上京するなら降り立つ場所は上野駅ではなく今やバスタ新宿になったのだ。帰省するにももちろんバスタ。かくして、故郷の香りは上野駅からバスタ新宿に移された。だから、バスタ新宿こそが、21世紀の上野駅。「あゝバスタ新宿」なる曲が歌われる日がやってくるのかもしれない。

さまざまなバスが到着し、出発する

写真=鼠入昌史