反省材料の多かった初パフォーマンス
パソコンを開いて仕事をしていると突然、雨が降り出した。ZOZOマリンスタジアムで試合がある日ではないので心配をする必要はないが、もしこれが公式戦開催日だといろいろと考えてしまう。特にお客様が入場された後に雨天中止が決まった時は場内を盛り上げるために誰か雨中パフォーマンスをやってくれないかなあとか考えてしまう。今ではどこの球団でも頻繁に当たり前のようになっているアレ。選手がダイヤモンドを駆けて最後に水の溜まったホームにヘッドスライディングを行い、水しぶきがあがる。
調べようがないが過去の新聞記事などを見ると日本ハムに在籍をしていたマット・ウインタース外野手などがやっていたと記載されている。しかし、マリーンズファンの間で「雨中パフォーマンス」といえば一人だ。諸積兼司氏(外野手、現マリーンズスカウト)。1994年から2006年まで在籍し、通算1110試合に出場して、103盗塁を記録した名プレーヤー。スカウトに配属後は侍ジャパンで活躍をした石川歩投手の担当スカウトを務めるなど、多くの選手をこの世界へと導いている。そして、そのパフォーマンスは今でもファンの間で鮮明に記憶され、後輩選手たちへと語り継がれている。
「いつからやりだしたかって? 覚えていないなあ。プロ2年目ぐらいの時に試合前の雨天中止になって、先輩から『オマエ、なんかやれ!』となった。南渕(時高)さんだったか、初芝(清)さんだったか、五十嵐(章人)さんだったかなあ。ちょっと覚えていないけど……」
球団事務所の編成部屋でスカウト資料の整理をしていた諸積氏を発見したので、当時のことを聞くとそのような返答が返ってきた。プレイボールがかかる寸前に大雨となり、すでにファンがスタンドにいたことからチーム内の若きイジられキャラだった諸積氏が先輩たちに唆されグラウンドへ。
「なにも考えていなかった。とりあえずベースを一周しちゃえと。最後は勢いでヘッドスライディング!」。場内はシーン。一塁側ベンチ内だけ爆笑。そんな感じで「ウケはいまいちだった」と言う。挙句、泥まみれになったユニフォームを他の選手のユニフォームと一緒に洗濯に出すと、ランドリー屋から「泥まみれのユニフォームを他のと一緒に出されては困る!」と怒られる始末。一回目はいろいろと反省材料の多いパフォーマンスとなった。
対戦チームからのリクエストも
それでも諸積氏はめげなかった。他の選手たちが恥ずかしがり、周りの目を気にして腰を引く中、事あるごとに雨天中止が決まれば、ホームにヘッドスライディングを繰り返した。雨の中の全身全霊のパフォーマンス。ベルトは切れて使えなくなる事も判明し、2回目以降はベルトを外した。また、シューズもドロドロになって使い物にならなくなるということで、ベンチ前で靴をそっと脱いでからグラウンドに姿を現した。
「泥まみれで使えなくなりましたでは、シューズを提供していただいているメーカーさんに申し訳ないでしょ。だけど、靴を履いていないから足場は悪いんだよねえ。ソックスだと滑りやすいというか、なんか足元がおぼつかない感じ。それが逆にコミカルな感じで良かったのかも」
だんだんとファンの間でも定着をしていった。周囲もノリでバックアップをする。その時間になるとウグイス嬢が「バッター 諸積!」とコール。登場曲が流れ、ビジョンに名前が映し出され、外野からは応援歌も聞こえるようになった。
ある時、神宮球場でのオープン戦が試合前に中止なった時だ。「あれ、やってくれよ!」。なんとホームチームであるスワローズのベンチからリクエストが届いた。球界の大先輩、古田敦也捕手から指名をされたらやらないわけにはいかない。必死に飛び込んだ。当時、スワローズには真中満氏(現監督)や宮本慎也氏など諸積氏がアマチュアの全日本時代に一緒にプレーをした選手も多く、大ウケ。しかし「スタンドの盛り上がりはいまいちだった。ポカーンという感じ」と当時を振り返り諸積氏は顔を赤らめる。
ファンに愛されて定着した諸積氏のパフォーマンス
ファンを楽しませるためのパフォーマンスはいつまでも続いた。当初はベースを駆け抜けて頭からホームインだったが、途中から進化し、まず一塁ヘッドスライディング。続いて二塁。三塁にも飛び込んで、最後にホームと技をバージョンアップしていった。
諸積氏のこのパフォーマンスとキャラクターはファンに愛され定着をしていった。試合が雨天中止になればスタンドから「諸積コール」が自然と湧くようになった。だから、引退試合の最後にも、それは用意されていた。当日は晴天だったが、スピーチの後にわざわざシートが用意され、水が貯められた。最後ぐらいはカッコよく終わりたいというのが普通に思うところだが、本人は躊躇なく飛び込んでいった。
「引退試合で雨中ヘッドスライディングをしたのは自分ぐらいでしょ。ファンの方が喜んでくれるのなら、それでいい。現役の時も野球を見られなかったファンが少しでも喜んで帰ってくれたらいいなあと始めたわけだから」
その後、コーチになっても雨となり指名されれば飛び込んだ。そして現場を離れスカウトになった後は後輩選手たちが伝統を受け継ぎ、雨天中止やコールド勝利のたびに飛び込むようになっている。今やテレビニュースを見れば、他の球団でも頻繁にこのパフォーマンスが行われている。これが定着をしたのは間違いなくこの男の功績が大きい。
ちなみに他にはなにかしなかったのですか? と聞いてみた。すると「諸積プレゼンツ レゲエナイトをやったよ。レゲエが大好きだったから!」との返事が返ってきた。その試合は投手も野手もすべての登場曲が諸積氏の選んだレゲエの曲。オリジナルのTシャツを販売して、試合後は球場外のステージでDJをして踊ってのレゲエを披露したという。その他にもファン感謝デーでは様々な奇抜な髪形を行っていたことから「バーバー諸積」というタイトルでバリカンを手にファンの髪を切るというとんでもない企画も行っていた。
今でこそ様々な斬新なファンサービスが行われているプロ野球界。しかし90年代からマリーンズはこのようにファンの方にいろいろな形で喜んでもらおうというサービス精神を持つ先輩方が積極的なファンサービスを展開していた。その土壌があるから今がある。これからも斬新で面白い企画をどんどん生み出し、プロ野球に新しい風を吹かせていきたい。雨の日の人もまばらな球団事務所。ふと、そんなことを考えた。
梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)
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